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【群馬】

県名の由来 古代の馬テーマ  企画展に国宝馬具 人骨の復顔像など

奈良県の藤ノ木古墳から出土した国宝の馬具=高崎市で

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 「群馬」という地名の由来とされる古代の馬をテーマにした企画展「海を渡って来た馬文化」が、高崎市綿貫町の県立歴史博物館で開かれている。奈良県の藤ノ木古墳から出土した東アジアで最高峰という金をあしらった国宝の馬具や、渋川市の金井東裏遺跡から出土した「甲(よろい)を着た古墳人」らの人骨から作った復顔像などが目玉。国宝二十点、国重要文化財五十点を含む四百八十三点を展示している。 (菅原洋)

 藤ノ木古墳は古墳時代(六世紀後半)の遺跡で、国宝の馬具五点は技巧に富んだ精細なデザインに金を華やかにあしらっている。右島和夫館長は「渡来系の技術で、行事などに使われたのだろう。ヤマト王権の上位階層、皇族の可能性もうかがわせる」と話す。

 金井東裏遺跡や近くの金井下新田遺跡では、馬の存在を示す遺構や遺物の出土が散見され、一帯で馬の繁殖飼育をしていたとみられる。甲を着た古墳人の人骨は男性で、古墳時代に火山噴出物の下から被災人骨が発見されたのは全国で初めて。甲は乗馬向けにもできており、馬を乗りこなしていたとみられる。

 復顔像は一帯で出土した女性の人骨とともに、専門家が約一年間かけて人毛なども使って制作した。男性は渡来系の顔つきをしている。制作費は男女で計約五百八十万円。男女の人骨も並べている。

 馬は五世紀、渡来人とともにもたらされた。このため、韓国の国立博物館などから取り寄せた馬具など十九点も展示。県内に多い馬形の埴輪(はにわ)もまとめて並べている。

 右島館長によると、古代の馬は放牧のために広い敷地が必要とされ、榛名山麓が適地だった。利根川の西側で、現在の前橋、高崎、渋川市などに当たる一帯は古代に馬が多いために「群馬郡」と呼ばれ、群馬の由来になったという。

 右島館長は「群馬は馬の生産が全国でも盛んな地域だった。古代社会では馬が社会で占める役割は現在よりも格段に大きく、支配者層が所有していた」と説明している。

 企画展は十一月二十六日まで。観覧料は一般八百円、大学・高校生四百円、中学生以下無料。原則月曜休館だが、十月九日は開館で代わりに十日休館。

 

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