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【群馬】

大胡城跡に展示施設 前橋市、19年度開設目指す

石垣や土塁が残る大胡城跡=前橋市で

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 前橋市は15日、県指定史跡「大胡城跡」(同市河原浜町)の近くに観光客や地元住民らに向けたガイダンス機能を持つ展示施設を開設する方針を明らかにした。2018年度に準備に取り掛かり、19年度のオープンを目指す。周辺の整備にも順次乗りだす。城跡は石垣や土塁などが残存し、戦国時代には上杉謙信の関東侵攻に伴って支配されたという名城。歴史ファンからも注目を集めそうだ。

  (菅原洋)

 市文化財保護課によると、本丸跡の北側には、三月に閉園した市立大胡幼稚園の園舎がある。園舎のうち図書棟の内装を改装し、展示施設に有効活用する。

 城跡は旧大胡町教育委員会が発掘調査し、土器や陶磁器類、石・金属・木製品が出土。展示施設には、こうした出土品の一部、城跡の配置を示す縄張り図、城の歴史や歴代城主などのパネルを並べる案を検討する。入館は無料の予定。

 市は展示施設の開設に伴い、城跡への橋、遊歩道、登坂階段と、トイレなどの整備も順次進める意向だ。

 展示施設の開設は既に地元の自治会幹部から了承を得ており、今後は地元住民から展示施設の運営やガイドボランティアにどの程度協力を得られるかを調整する見通し。

 大胡城は平安時代に平将門の乱を平定した藤原秀郷の子孫という大胡氏が築城したと伝わる。戦国時代には、上杉謙信の関東侵攻で攻略され、厩(まや)橋城(現在の前橋城跡)に在城した重臣の北条(きたじょう)高広が大胡氏と城を支配したとされる。

 徳川家康の関東入部後は家臣で、長篠の戦いや小田原城攻めなどで活躍した牧野康成が大胡城に二万石で入城。大坂の陣で功績があった忠成が跡を継ぎ、親子で現在残る大胡城跡と城下町を整備したとみられる。

 牧野氏は越後へ移封され、長岡城主として繁栄し、続いて大胡城は酒井氏が前橋藩領として統治した。酒井氏の転封に伴い、大胡城は廃城となった。

 大胡城跡は南北約六百七十メートル、東西最大幅は約三百十メートル。本丸、二の丸、三の丸と各郭、門跡、防御機能を持つ出入り口「虎口」、空堀なども良好な状態で残る。周囲の川は天然の水堀となっている。

 市文化財保護課は「展示施設を開設することで、地元住民や市民に郷土の歴史を理解してもらい、戦国武将や城が人気を集める中で観光の活性化につなげたい」と意欲を見せている。

 

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