東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 群馬 > 記事一覧 > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【群馬】

大逆事件で獄に 「冤罪」の悲劇出版 県立女子大などで非常勤講師・前橋の石山幸弘さん

著作「大逆事件と新村善兵衛」を手にする石山幸弘さん=前橋市で

写真

 明治末期の思想弾圧事件「大逆事件」に連座して冤罪(えんざい)とみられるのに服役した男性の生涯をテーマに、新発見の獄中でつづった手記や書簡も解説した著作「大逆事件と新村善兵衛」を、県立女子大(玉村町)と茨城大で非常勤講師を務める前橋市富士見町の石山幸弘さん(70)が出版した。石山さんは「極めて不当な裁判を受けた善兵衛のことを知ってほしい」と強調している。(菅原洋)

 石山さんは県立土屋文明記念文学館(高崎市)の元学芸員。学芸員時代に寄贈されて文学館にあった旧勢多郡(現前橋市)の富農の書簡を研究するうち、この富農と書簡を交わした新村忠雄に関心を抱いた。

 忠雄は著作の主人公である善兵衛(一八八一〜一九二〇年)の実弟で、兄弟は長野県の旧屋代町出身。新村家も富農で、善兵衛は町の収入役を一時務めた。ただ、忠雄は大逆事件で明治天皇の爆殺を計画したとして「大逆罪」で処刑された。忠雄は実際、計画に関与していたとされる。

 善兵衛は忠雄に頼まれ、薬などを細かく砕く道具「薬研(やげん)」を提供。薬研は爆薬を作るのに使われたが、善兵衛は用途を知らされていなかったという。しかし、善兵衛は弟に連座して大逆罪で追及され、爆発物取締罰則違反で懲役八年の実刑判決を受けた。

 新発見の手記や書簡は、兄弟の出身地に近い長野県坂城町の郷土史家が三十数年前、遺族から一時借りて写しを保管していた。ただ、解読が進まず、学術的に未公表だった。石山さんは約二年前に写しの存在を確認し、手記と服役後も含む書簡十二通を翻刻して著作に収録した。

 手記は一九一五(大正四)年、当時の千葉監獄で記され、四百字詰めの原稿用紙に換算すると約六十枚。「ありし昔の家族団欒(だんらん)の夢に、胸も張り裂く想に暮れるのである。あゝ監獄ハ厭(いと)はしき人世悲劇の劇場である」「忠雄を刑場へ送って弟が処刑を受ける所を夢みたり(後略)」と苦悩を吐露している。

 身内への獄中書簡では、大逆事件によって実家への風当たりが強まる中、実妹が婿を取れるように繰り返して懇願している。

 石山さんは「獄中の手記や書簡により、善兵衛の無念さが伝わる」と語る。

 著作はA5判、百九十一ページ。価格は千五百円(税別)。問い合わせは長野県の川辺書林=電026(247)8856=へ。

 <大逆事件> 1910(明治43)年、数百人という社会主義者らが一斉に検挙された。翌年に明治天皇の暗殺を計画したとして「大逆罪」で24人が死刑判決を受け、このうち幸徳秋水ら12人が処刑された。多くが冤罪だったとされる。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報