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【群馬】

今川貞世の古文書発見 安中・学習の森ふるさと学習館で初公開

発見された今川貞世の古文書。左下の崩し字が貞世の花押=安中市で

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 室町幕府二代将軍の足利義詮(よしあきら)の命を受け、同じ源氏の武将、今川貞世(了俊(りょうしゅん)、一三二六年〜?)が記した文書が、安中市上間仁田の市学習の森ふるさと学習館の調査で発見された。この古文書に関連する別の文書が、国宝で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録された「東寺百合(ひゃくごう)文書」に含まれている。両文書の内容に一貫性があり、発見された文書にある貞世の花押(かおう)(サイン)もこの時期の形状に一致しているため、学習館と、調査に協力した専門家は「真筆に間違いない」と判断した。学習館で初公開している。 (菅原洋)

 調査に協力した東京大史料編纂(へんさん)所の非常勤職員で、武蔵野大教養教育リサーチセンターの生駒哲郎研究員(日本中世宗教史)によると、南北朝時代の幕府古文書が見つかるのは全国的に珍しい。生駒研究員は近く、今回の発見を雑誌「古文書研究」に発表する。

 この古文書は今年夏から秋にかけ、安中市の旧家である真下家の蔵から発見された。

 文書は一三六七(貞治(じょうじ)六)年九月二十三日付。京都の松尾大社と東寺の間で起きた地元の領地争いについて、幕府が松尾大社の領地とした裁決を奉行所へ報告した。貞世は花押などを記し、本文は右筆(ゆうひつ)(書記役)に書かせたとみられる。

 東寺百合文書では、義詮が同じ内容を同年九月十日付で貞世宛てに指示した文書を発給している。貞世は当時、幕府で治安を担当する侍所頭人(さむらいどころとうにん)などを務め、義詮の側近だった。義詮の死とともに出家し、了俊と名乗った。

 貞世は駿河などの戦国大名、今川義元の祖先。幕府が九州を統制するために設けた「九州探題」の職を約二十五年務め、南朝勢力を下して九州を制圧した名将として知られる。歌人で、文筆にも優れた。

 生駒研究員は「内容的に偽造の余地がなく、花押にも疑問がない本物。室町幕府初期は記録が少なく、政治の一場面と仕組みが分かる貴重な文書だ」と分析している。

 発見された古文書は学習館で来年二月二十六日まで開かれている企画展「山本菅助 真下家所蔵文書の発見」の中で展示している。

 菅助(勘助)は大河ドラマの主人公にもなった武田家の家臣。主に軍記に登場して実在が疑われていたが、真下家で子孫に関連するとみられる文書が見つかった。企画展は古文書や書画など計約百点を展示し、大半が県内初公開となる。

 学習館の佐野亨介(こうすけ)学芸員は「真下家の文書によって、菅助と子孫の山本家のつながりが分かり、実在性が高まった。本物の古文書の魅力を見てほしい」と呼び掛けている。

 観覧料は一般百円、高校生以下無料。原則火曜と、十二月二十六日〜来年一月三日は休館。

 

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