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【群馬】

絹撚記念館の建物100周年 「大正時代の桐生」企画展

100周年を迎えた絹撚記念館=桐生市で

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 桐生市巴町の絹撚(けんねん)記念館が建物の完成から100周年を迎え、館内で記念企画展「大正時代の桐生」が開かれている。建物のたどってきた歴史や100年前の桐生の様子などを写真や資料で紹介している。 (原田晋也)

 絹撚記念館の建物は、明治政府の殖産興業政策で設立された桐生撚糸(ねんし)合資会社(後に日本絹撚株式会社)の事務所棟として一九一七(大正六)年に建てられた。大谷石造りの洋風二階建てで、外面セメントしっくい、内面しっくい仕上げ。創建時の姿をほぼそのまま残している。

 関東大震災(二三年)以前に造られた洋風石造建造物で現存するものは全国でも数が少なく、県内でも最古級という。二〇一五年に文化庁が認定した日本遺産「かかあ天下−ぐんまの絹物語−」の十三件の構成文化財の一つで、桐生市指定文化財でもある。

 撚糸は生糸を束ねてねじり合わせることで織物に使える丈夫な糸にする工程。同社は大正から昭和初期にかけて日本最大の撚糸工場として栄えたが、戦時中は軍需工場となり、戦後は操業を再開しなかった。

 一九六七年には事務所周辺の工場も取り壊された。事務所棟は一時、進駐軍に接収された後は荒れた状態で放置され、金融機関や不動産会社の事務所を経た後に桐生市が取得。九六年に絹撚記念館と命名され、現在は郷土資料の常設展示施設として活用されている。

旧日本絹撚株式会社の事務所として使われていたころの建物の写真

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 会場では生産が盛んだったころの同社や、映画館の開館や鉄道の開業などが相次いだ大正時代の桐生の様子を写真などで解説。事務所棟を設計した館林市出身の建築家・小林力雄の業績をたどるコーナーもあり、みどり市大間々博物館(コノドント館、旧大間々銀行本店)など両毛地区の洋風建築を多く設計したことなどが紹介されている。

 石原明館長は「桐生市民でも絹撚記念館を知らない人がまだまだいる。百周年というせっかくの機会なので、この建物の歴史を知ってほしい」と来場を呼び掛けている。

 企画展は五月六日まで。月曜日は休館。入館料百五十円、小中学生五十円。

 

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