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【群馬】

太田・曹源寺 さざえ堂 修理終わり拝観始まる

壁の塗装の下に残されていた墨書の一部。年号や名前のほか絵も見える=太田市で

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 江戸時代に建てられた太田市東今泉町の県重要文化財「曹源寺さざえ堂」の保存修理工事が終わり、創建時に近い姿に復元された。2日に拝観が再開され、多くの人が訪れている。工事で壁をはがしたところ、江戸から大正にかけて参詣者が名前などを書き残した墨書が多数見つかり、合わせて展示されている。 (原田晋也)

 さざえ堂内部の通路は一方通行のらせん状となっており、同じ通路を引き返すことなく昇り降りができる。外観やらせん状の通路がサザエの貝殻に似ていることからこの名がある。

 江戸時代に人気を博した様式だが、現存するのは全国に六棟で、うち二棟は明治期の再建。曹源寺さざえ堂は寛政五(一七九三)年に建てられたと伝えられてきたが、今回の修理に伴う調査で寛政十年の建立と書かれた史料が見つかった。

 建物は間口、奥行きともに一六・三メートル、高さ一六・八メートル。外観は二階建てに見えるが内部は三層あり、一階に秩父三十四カ所、二階に坂東三十三カ所、三階に西国三十三カ所の観音霊場の仏を写した像が置かれている。堂内を巡ることで百カ所の巡礼と同じ功徳を得られるとされ、信仰を集めてきた。

 近年は柱の傾きや壁の破損、雨漏りなど老朽化が進んでいたため、県と市の補助を受け、二〇一五年八月から総額一億六千三百万円で補強や補修の工事を進めていた。

 修理工事で回廊の壁に塗られていた白い塗料をはがしたところ、壁一面に参詣者が書き残したとみられる大量の文字が見つかった。「足利」といった地名や「享和」「文化」などの年号や名前、絵もあった。

 最も古いものが寛政十二(一八〇〇)年で、最も新しいのが大正十三(一九二四)年だった。昭和五(一九三〇)年の御開帳に合わせた大規模な化粧直しの際に壁が塗り直され、そのまま塗装の下に残ったとみられる。参詣者の信仰ぶりが分かる歴史的価値があるとして、そのまま元の場所で展示されることになった。

 住職の星野真往さん(74)は「まさか字が書かれているとは思わなかった。建物とともに多くの人に見てもらいたい」と話す。公開再開からの一週間で、これまでの年間の参拝客の三分の一程度が訪れたという。

 堂内の拝観は土日の午前中を除く午前十時〜午後三時で不定休。拝観料は大人三百円、中学生以下百円。問い合わせは曹源寺=0276(25)1343=へ。

 

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