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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (9)経験こそがモノをいう

高崎育ちながら、北海道生まれの父の子なんだと自覚するのはこんな雪の朝

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 先月、高崎の平野部でも雪が積もった。昼すぎから降りだした雪の勢いに、四年前の大雪から学んだ経験が生かされた。映画館スタッフはテキパキと雪対策を始め、通用口には雪かきスコップが数本並び、屋根のない駐車場に降り積もる雪を見越して車用の小さな雪かき道具までそろえられていた。お客さまへの貸し出し用の傘やタオルの準備、翌朝の雪かき当番の手配まで、私が指示出しするまでもなかった。経験というのはすごい、と感心し感謝しながら帰路についた。

 私も納屋から雪かきスコップを取り出し玄関先に置いて就寝。翌朝の積雪は二九センチという発表だったが、雪はすっかりやんでいて空は晴れ渡り、こんもりときれいに積もった雪が輝いてきれいだった。早起きするはずがいつもと同じ時間に起きてしまったから、さあ大変で、雪かきする間もなく出勤時間になってしまった。

 タイヤは雪仕様だし、四輪駆動だし、出勤は大丈夫。しかし。気分がどんよりと沈む。雪かきができなかった。ということは、わが家の前だけが雪が残り、それはおそらくアイスバーンになってしまうだろう。亡き父に、心の中で懺悔(ざんげ)する。さぞかし天上から嘆いているに違いない。

 北海道育ちの父は冬になるといろんな場面でそのルーツを発揮した。中でも子どものころから誇らしいとさえ思っていたのが雪かきの技だ。

 昔はもっとよく雪が降った気がするのだが、わが家の前だけがいつも雪かきの跡が美しかった。降り積もった翌日の、家側に寄せた雪の山の形も、その雪山が黒く固まることなく数日できれいになくなるのも、子ども心にきれいだなあ、と思っていた。どのお宅でもやっている雪かきだけれど、わが家の前がいつも最初に雪がなくなっていた。そして手際が良く速い。

 年を取ってもその腕は健在で、日陰になる家の前の道路にも雪が残ることはなかった。道路脇に寄せた雪も、暇を見つけては崩して陽(ひ)のあたる道路にまく。そこだけ見ると雪がまだ残っているようだが、溶かすためにまくから変に残ることがない。

 父が亡くなって数年がたつ。雪を見るたびに、ああ父だったら完璧にきれいに雪をかくのになあと思う。そういえば、一緒に雪かきをしたことなどなかった。いつも父が知らぬ間にやってくれた。極意を教えてもらってもきっとできないだろうな。経験こそがモノをいうのだろうから。

 四年前の大雪の時、すでに父は他界していてご近所の方が一緒に雪かきをしてくれた。父の雪かきは上手だったと言われて、ちょっと泣けた。やってもやっても父のようにはできず、気づけばわが家の前だけアイスバーンができていた。

 私としては、大変にショックだった。雪が家の前に残るなんて前代未聞だ。なんだかとても父に申し訳なかった。次に大雪が降ったら上手に雪かきしようと思っていたのに。今回は腕をふるう前に、時間がなくてできなかったのだからどうにもならない。チャンスは無駄にしてはならない。経験こそが財産なのだから。 (シネマテークたかさき総支配人)

 第1、第3、第5日曜日に掲載します。

 

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