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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (10)おかげさまで20年

手塩にかけて作った今年の小冊子。納品日のワクワク感は今も昔も変わらない

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 目下、第三十二回の高崎映画祭に向けて奔走中だ。一日一日が瞬く間に終わってしまう。忙しぶっている毎日。加えてなんだかこの数年の進みがやけに早い気がする。歳を重ねるごとに加速している。ふと、どこまで早くなるんだろうと思ったらちょっとおかしくなってきた。時間が早く過ぎるわけがない。一分が六十秒で、一時間が六十分で、一日が二十四時間なのは世界も歴史も絶対的に変わらないことなのだから。感覚ってすごい。やることが山ほどあって時間が足りない、と思うと余計に過ぎ去る時間が早く感じ、まるで自分が忙しい人になったような気分になってしまう。

 時間が早く過ぎてしまうと思うのは気のせいで、事実はただ時間が積み重なって過ぎているだけ。翻ればそれは、その時間を過ごすのに必要な時間しか過ごしていないことになる。実があるか否か、良い過ごし方か否かは別にして、とにかく必要な時間が今現在進行している。と思えばなんだか気持ちが落ち着いてきた。哲学的だなあ、とわれながら感心する。

 さて、時間の積み重ねといえば、今回の映画祭で私はこの道二十年になってしまった。われながらすごいとびっくりしてしまった。映画祭を二十回やってきた、というより、自分としては二十年を映画祭と生きてきたことに驚いた。毎日毎日一緒に生活してきたようなものだ。苦しいことも楽しいことも一緒にやってきました。と言ったらなんだか披露宴のスピーチみたいになってしまうが、そんな感じ。付き合い始めた恋人同士が一年たったね、とその経過を祝い、三年で慣れてきて、倦怠(けんたい)期があったりもするけど、あれもう五年も一緒にいたっけ、互いに空気みたいな存在でこれが普通だよね、というところを過ぎたらもう数えない。というような。

 そして月日が過ぎて、十年一昔だよね、お互いそこそこいい年になったねえ、なんて話をしたと思ったら次に気が付く節目は二十年。ああ、もうこんなにたったかね、とここまでの軌跡を振り返ったりして、いろいろあったけどこれからはゆっくりと気持ちも新たに二人で頑張っていこうか、なんていう気分になる。ここまで書いてきて本当に笑ってしまうが、この感覚がしっくりくるからもうこれは愛(いと)しい以外の何物でもない。

 ということは、愛しい高崎映画祭は私より一回り年上ということになるのか。もうこれはみとるところまで行くしかない、ということなんだろうな。 (シネマテークたかさき総支配人)

 第1、第3、第5日曜日に掲載します。

 

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