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【群馬】

「私は助けてもらった命」 伊勢崎の太田初子さん(73) 気仙沼で九死に一生

大学院のクラスメートと談笑する太田さん(左から2人目)=東京都豊島区で

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 東日本大震災の津波にのまれながらも生還し、その経験などから一念発起して東京福祉大大学院(東京都)で学んでいる伊勢崎市の太田初子さん(73)が、来年の修了を目指し研究に励んでいる。伊勢崎市から東京・池袋まで通学を続け、後は論文執筆を残すのみとなった。「私は助けてもらった命。私ができる社会貢献は、みんなに元気と勇気を与えること」と慣れない生活に一時体調を崩しながらも、目標に向かい奮闘している。 (原田晋也)

 太田さんは宮城県気仙沼市出身で、長く群馬で暮らしてきた。夫を亡くした後に気仙沼に戻り、七年前の三月十一日には自宅で被災、津波に巻き込まれたものの投げられたロープをつかんで九死に一生を得た。

 交通事故の後遺症で四肢のまひがある太田さんは、避難所で救援物資を取りに行けないなど災害弱者の困難を身をもって体験。仮設住宅では家族やコミュニティーを失い苦悩する人たちを目の当たりにした。もともと学ぶことが好きだった太田さんは「苦しむ人を減らしたい」と東京福祉大に入学し、伊勢崎キャンパスで精神保健福祉を学んだ。

 さらに学ぼうと進学した大学院へは生まれて初めての電車通学になった。午前九時開始の講義がある日は、暗いうちから家を出て車で約二十キロ離れたJR籠原駅(埼玉県熊谷市)へ。始発で池袋駅まで向かい、授業の準備に時間をとった。午後八時四十分終了の七限がある日は帰宅が日をまたぎ、家に着くころには疲れ切っていた。

 学部時代の提出物はすべて手書きで通してきたが、論文製作のため初めてノートパソコンを購入。キーボードを触るのも初めてだった。「あ」や「い」などは簡単でも「しゃ」や「じゅ」などの入力がなかなか覚えられず、ローマ字入力一覧表をにらみながら課題をこなした。

 孫より年下のクラスメートに囲まれつつ学ぶ毎日は「楽しかった」と話すが、無理がたたってか昨年夏から体調を崩した。副鼻腔(びくう)炎や膀胱(ぼうこう)炎にかかり、本が読めないほどの頭痛に襲われ、歩くのもやっと。無理を押して通学し論文以外の単位は取得したが、昨年末に限界に。研究テーマを途中で変更したこともあって、修了を来年春に延ばし一年かけて論文執筆に打ち込むことを決心した。

 取り組む研究テーマは「高齢者の生きがいと福祉コミュニティー」。気仙沼の仮設住宅を訪問した時の経験がテーマを決めるきっかけの一つになったという。

 津波によってそれまでの暮らしから切り離され、失った人や物などもそれぞれ違うのに集まって暮らす住民の間には、ぎすぎすした雰囲気があった。心のケアやコミュニティーの重要性を痛感した。

 修了後は、精神的に悩みを抱える人や孤独な人など、誰でも集まれるようなサロンを群馬につくりたいという。「心の苦しみは薬や注射じゃ治らないから」。被災経験を語り継ぐ講演活動も続けていくつもりだ。

 「くじけそうとか、考えてる暇ないよ」と底抜けに明るい笑顔で語る。「私の姿を見て元気になってもらいたい。それには自分が元気でいなきゃいけないから」 

 

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