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【群馬】

企画展「織田信長と上野国」 あすから高崎・県立歴史博物館で

織田信長が滝川一益に与えた国重文の名刀を解説する青木学芸員=高崎市で

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 戦国武将の織田信長と県内にゆかりがある史料などを集めた企画展「織田信長と上野国」が十七日から始まるのを前に、報道関係者向け内覧会が十五日、高崎市綿貫町の県立歴史博物館で開かれた。展示する国宝三点、国重要文化財十三点の大半は県内初公開。全体で百十件、計二百三十五点を並べ、首都圏で過去に開催された信長関連の展示では有数の規模となり戦国時代や信長のファンから注目を集めそうだ。 (菅原洋)

 一五八二(天正十)年、信長の軍勢が上野国へ侵攻し、同国内は関東で唯一、織田氏の分国となった。信長は関東へ重臣の滝川一益を派遣し、一益は前橋城の前身の城へ入った。

 江戸時代になると、信長の次男、信雄(のぶかつ)が小幡(現甘楽町)を二万石で治め以後七代続くなど、県と織田氏のゆかりは深い。

 展示の目玉は、信長が一益に与えたという国重文の名刀「高綱」。鎌倉時代初期に、古備前派の刀工だった高綱が手掛け「高綱」の銘もある。織田氏が武田氏を討伐した際、一益が信長から拝領したと伝わる。

 国重文では、家臣の太田牛一が記した信長の一代記「信長(しんちょう)公記」の自筆本も展示。国重文はこの他、一益の書状や信長の朱印状なども並ぶ。国宝は上杉家文書から、一益と同じく関東を舞台に活躍した北条氏綱などの書状も展示する。

 青木裕美学芸員は「上野国と織田氏の関係は、上野国の武士たちが長篠の合戦(一五七五年)に参加した際から始まる。東北から京都までに足を運んで集めた貴重な史料の数々を見学してほしい」と来館を呼び掛ける。企画展は五月十三日まで。会期中に複数の史料で展示替えがある。観覧料は一般六百円、大学・高校生三百円、中学生以下無料。原則月曜休館。

 企画展に合わせて常設展示で、信長を本能寺の変で討った明智光秀にちなんだ四十二点の古文書類を展示する「明智光秀の源流−沼田藩土岐家の中世文書」も開かれる。六月二十四日まで。光秀の祖先は土岐氏とされ、明智氏の子孫は土岐氏を名乗って沼田藩主となったという。

 県立歴史博物館は企画展の開催を記念し、信長の姿などをかたどったクッキーの詰め合わせ(税込み千二百八十円)も土日・祝日のみに限定販売する。

 

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