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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (13)チャンスの神様

駅に降り立ったところで最初に目に入ったベルリンの壁のモニュメント。歴史と時代に思いをはせた

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 初めて海外に行ったのは三十五歳の時だった。三十歳をすぎたあたりから海外に行ったことがないというと、珍しいねと随分驚かれるようになった。二十代のころはまだ、自分も周囲の感覚もいつかは行くだろうという範疇(はんちゅう)だったと思うのだが、三十歳をすぎたくらいからは、どこかで珍しい部類の人種でいることを誇りに思って生きればいいかと思い始めていた。

 わが家には海外に行くという感覚が家族誰一人にもなかった。年に一度は必ず海外に行く叔母からいただくお土産がたんまりたまっていっても、うらやましいとはあまり思わなかった。異国の風景や文化に思いをはせたり、映画を見ては行ってみたいな、と言葉に出すことはあっても、実現するところまではいかず、どこか自分はそんな人間じゃない、と思っていた。

 ガイドブックを眺めたり、数々の本を読んだり、知識としてそれらを吸収することは楽しいのだけれど、実際に行く、となると怖かったというのが正直なところだ。外国語が話せなくともふらりふらりと出かけるバックパッカーの友達もいたし、仕事で赴任する友達も、もちろん好んで休みを見つけては安いツアーを上手に探して海外に出かける友達もいたけれど、なんだか私はいつもおじけづいていた。

初海外で、初めてカメラに収めたのがこの写真。夕暮れ時のベルリン大聖堂はとても美しかった

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 二〇一〇年の春、高崎映画祭事務局に一枚のファクスが届いた。差出人はドイツ・ザールラント州のザールブリュッケンに住む日本人男性。大学で日本語を教えているというその方は独日協会員でもあり、映画が好きで文化交流に映画を絡めたいと常々思っている。ついては地元にある映画祭にその企画を持ち込みたいのだが、協力してくれないだろうか、というものだった。

 突然のファクスに戸惑い、スタッフ皆でこれは本物だろうかと首をかしげていた。なにせ、こうしたこととは縁遠い世界で生きてきたから、防御反応が強いのだ。

 どうしたものかと思っていたら、数日後に、国際電話がかかってきた。時差を実感し、電話口の向こうのドイツが自分とつながった瞬間だった。半信半疑で電話を切ったのが本音。ちょうどそのころ、友人がフランス旅行の計画を立てていて、その話をしたら、じゃあ一緒にドイツに行こうと計画を立ててくれた。

 もうここはタイミングだ。チャンスの神様はつるっぱげ。チャンスを一瞬でも逃すともうつかめないんだよ、と教えてくれた中学時代の先生の声が頭の中で響いた。あれよあれよと計画がまとまり私はその年の秋に初海外、ドイツへと旅立った。(次回に続く)

  (シネマテークたかさき総支配人)

 第1、第3、第5日曜日に掲載します。

 

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