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【群馬】

<ダミアン・ロブションのBONJOURぐんま> (25)もっと風刺を効かせて

時局風刺雑誌「トバエ」第6号(1887年)表紙を飾るビゴーのピエロ姿(クリスチャン・ポラック氏所蔵)

写真

 皆さん、ビゴーというフランス人をご存じでしょうか。ジョルジュ・フェルディナン・ビゴーは、一八八二年から一八九九年まで風景画家や風刺画家、肖像画家、エッチング画家として日本で活躍した。明治時代を描写した彼の作品を教科書で見たことがある方が多いかもしれない。

 「明治日本の目撃者」と評価されたビゴーは横浜の外国人居留地ではなく、日本人が暮らす街に身を置いた。そこで急激な近代化で消えつつあった日本の伝統的な職業や風習などに興味を持ち、その姿を長年にわたりきめ細かく描きつづけた。写真が普及していなかった時代に、明治時代の庶民の生活を知るうえで非常に貴重な資料をたくさん残している。一方で、皮相な欧州化に突き進もうとする日本の支配階級には鋭いまなざしを向け、辛辣(しんらつ)に風刺したことでも知られる。

 風刺は国民を笑わせながら、社会の矛盾や権力者の悪い癖に気付かせる手段として発展してきた。こうした風刺文化に批判精神を育まれた私は、二〇一五年に起きたフランスの風刺週刊紙「シャルリエブド」の襲撃事件にまるで自分自身が襲撃されたかのような衝撃を受けた。フランス国内では「冒涜(ぼうとく)だから自業自得だ」と風刺画家の殺人を正当化する人もいた。しかし、同紙の内容に異議を唱える人も含め、民主主義の根幹である意見の多様性と言論の自由の擁護の大切さを主張する人が大多数だった。

 東京の日仏会館で先月開かれた「ビゴーの描いた明治〜時代を表す風刺と芸術」という展示の関連シンポジウムで、フランス人博士のラショー氏は自分の発表をこう締めくくった。

 「フランスでも日本でも、風刺が少しずつ姿を消している。日本のテレビではお笑い番組の数が今ほど多い時代はないだろう。しかし、披露される笑いは空虚そのものだ」

 日本のお笑いにも政治や社会の本質に切り込むような、風刺の効いたユーモアがもっと芽吹くことを願ってやまない。(富岡市国際交流員)

 第2、第4日曜日に掲載します。

 

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