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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (26)残暑お見舞い申し上げます

高崎まつりフィナーレ。連雀町の交差点にて。夏が終わる

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 立秋を過ぎた。暦の上ではもう秋である。学生時代だったか暑中見舞いハガキを書いていると、母が「立秋過ぎたら残暑見舞いよ。」と教えてくれた。残暑と聞いた途端に、夏が終わることの寂しさを覚えた自分がいて、そのげんきんさにわれながらおかしいなと思ったのを急に思い出した。

 そういえば、暑中見舞いハガキも出さなくなって久しい。年をとるとできることが増えていくはずなのに、しなくなっていくことも多いものだ。忙しさにかまけていると大事なことが見えにくくなる。季節をめでて相手を思いやる気持ちはやはり大事に留め置きたいものだと今更ながらに思う。

 さて。高崎の夏はまだまだ暑いはずなのだが、やはり心には秋風が吹き始めた。なぜなら高崎まつりが終わったからである。毎年八月の第一土日に行われる高崎まつりは、多くの人でにぎわう。初日に大花火大会もあるから、近年では二日間で七十万人の来客があるという。

 今年は猛暑の影響でいくつかのイベントが中止になったり、行程が変更されたりもしたがそれでも活気に満ちた暑い熱い二日間だった。その祭りが終わってしまったから、気分は秋モードに変わりつつある。

 子どものころは反対だった。高崎の郊外に生まれ育った私にとって、八月の最初に行われる高崎まつりはむしろ夏の始まりだった。華やかで大きなお祭りに家族で出かけると夏が始まった気分がしたものだ。そこを皮切りに、かつては地域の花火大会がいくつかあって、さあ夏休みも終わるという月末に、近所の公民館で盆踊り大会が行われていた記憶がある。子どもながらに、盆踊りを友達としながら「ああ私の夏が終わるなー」と思っていたものだ。

 大人になり、市街地で働き始めて十数年。気がつけば、夏の始まりだった高崎まつりはいつの間にか、私にとっては夏の終わりを告げるものになった。来る秋の忙しさに心して臨む残暑にしたいと思う今日この頃。

 みなさま。残暑お見舞い申し上げます。まだまだ厳しい暑さが続きますがくれぐれもご自愛くださいますように。(シネマテークたかさき総支配人)

 

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