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【群馬】

<つなぐ 戦後73年>被爆者ら冥福祈る 嶺公園で県原爆犠牲者慰霊式

慰霊碑に向かい手を合わせる荒木勲さん=前橋市嶺町の嶺公園内で

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 終戦の日の十五日、広島、長崎の原爆で亡くなった人を追悼する「被爆七十三年県原爆犠牲者慰霊式」が前橋市嶺町の嶺公園で行われた。被爆者ら約七十人が参加し、原爆で亡くなった犠牲者の冥福を祈った。

 園内にある県原爆犠牲者慰霊碑前で行われた式には、一九四五年八月九日、長崎市の爆心地から三・二キロ離れた同市丸山町で被爆した荒木勲さん(81)=太田市尾島町=が参加。

 当時、八歳だった荒木さんは兄弟と一緒に山で虫取りをしていたが、ピカッという光の後、背後から爆風に襲われた。目の前の桜の木にしがみついていた荒木さんは、桜の木が爆風を防いでくれたこともあり無事だった。

 その後、いとこ二人が行方不明と聞き、母親と兄弟たちで、いとこの家があった爆心地に向かった。二人のいとこは発見できたが、一人は、やけどがひどく亡くなった。病院ではムシロが足りず、運ばれてきた人は地面に寝かされている光景も目撃した。「水をください」という声があちこちから聞こえてきた。荒木さんが水を差し出すと、手を合わせ、水を飲むことなく息を引き取る人もいた。

 荒木さんは「当時のことは本当は思い出したくない」という。それでも依頼があれば県内の小中学校に出向き講演を行っている。平成最後の慰霊式を終え「世界中の戦争がこの平成の世で終わることを望みます」と力強く語った。

 式は一時期、開催されない年もあったが、戦後七十年の二〇一五年に県原爆被災者の会(群友会)など実行委員会により再開された。角田義一実行委員長は「韓国と北朝鮮、米朝首脳会談で非核化の動きが加速している今こそ、被爆国の日本が核廃絶を追求すべきで、今生きている人々の務めだ」と強調した。実行委によると県内の被爆者数は百十八人。 (市川勘太郎)

 

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