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【群馬】

戦地から届いたランドセル 県戦没者追悼式に1700人

平和への誓いを読み上げる若者代表の高校生たち=前橋市で

写真

◆参列者の佐藤紘一さん(77) 「父は優しい人だった」

 終戦から七十三年を迎えた十五日、県戦没者追悼式が前橋市の県総合スポーツセンターで営まれ、遺族約千三百人を含む計約千七百人の参列者が平和を誓い合った。幼児期に南方の激戦地で父を奪われた男性は遺影を持参して式に臨み、愛情を注いでくれた父へ思いをはせた。 (菅原洋)

 「父は戦地から一人息子にランドセルを贈るような優しい人だった」。高崎市の元会社員、佐藤紘一さん(77)は追慕する。

 父の芳茂さんは三十二歳の時、オーストラリア北方のニューギニア島で戦死。紘一さんは三歳だった。

 ランドセルは紘一さんが一歳の時に届き、「小学校入学には相当早かったが、父は帰国できないことも考えたのでは」とみている。

 芳茂さんは召集前は前橋市内の化学会社に勤め、カメラが趣味で、紘一さんの写真を多く残した。遺影となった写真は戦地へカメラを持ち込み、軍服姿を撮ってもらって自宅に届いた。

 紘一さんの父への思いは募り、約十年前と約五年前にニューギニア島を訪問。現地の人から、日本軍は標高三千メートル以上の山々に広がるジャングルへと追い詰められ、過酷な運命をたどったことを聞いた。

 「雄大な自然の中に大砲や飛行機の残骸が鉄の塊になって残っていた。父が何でこんな所で亡くならなければならなかったのか、との思いが込み上げた。戦争なんか、やるもんじゃない」。紘一さんは強調した。

 追悼式は五十六回目を迎え、参列者全員が黙とうをささげ、次の世代を担う若者代表として前橋育英高二年の岩渕圭佑さんと高崎健康福祉大高崎高三年の阿部夏佳さんが平和への誓いを読み上げた。最後に参列者の代表らが祭壇へ献花した。

 県によると、県内出身の戦没者数は軍人らと民間の計約五万人。同時に東京で営まれた政府主催の全国戦没者追悼式には、県内から遺族約百人が参列した。

 

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