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【群馬】

金子みすゞに迫る 県内初の資料多数 高崎の土屋文明記念文学館

金子みすゞの生涯を振り返る展示を見学する家族連れ=高崎市で

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 夭折(ようせつ)の童謡詩人、金子みすゞ(1903〜30年)の生涯をたどる企画展「金子みすゞの世界−みんなちがって、みんないい。」(東京新聞前橋支局など後援)が、高崎市保渡田町の県立土屋文明記念文学館で開かれている。会場に並ぶ約120点の大半は県内で初めての展示。夫に詩作を禁じられ、離婚問題で幼子を残したまま自殺するという悲劇的な生涯と、天真らんまんな詩の世界に、来館者が思いを巡らせている。 (菅原洋)

 「私がさびしいときに、よその人は知らないの。私がさびしいときに、お友だちは笑ふの。私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。私がさびしいときに、佛(ほとけ)さまはさびしいの。」

 「さびしいとき」と題する一編。詠んだ時期は分からないが、多感な女性の孤独な心底をみずみずしい感性で表現している。

 みすゞは現在の山口県長門市で生まれ、小学校は六年間にわたって首席、高等女学校の卒業式では総代を務めるほど優秀だった。

 二十歳ごろから童謡などを書き始め、約五百編の作品を残す。みすゞの作品を母校の早稲田大教授となる詩人の西條八十(やそ)は「若き童謡詩人の中の巨星」と絶賛した。

 みすゞは二十三歳で結婚し、一人娘のふさえを授かる。ところが、詩に理解のない夫はみすゞの創作活動と文学仲間との文通を禁じた。夫は遊郭に通い、みすゞに病気をうつして体調も悪化させた。

 夫と離婚問題が持ち上がるが、夫は当時は父親が強かった親権を主張し、みすゞから最愛の娘を奪おうとする。追い詰められたみすゞは写真館で決意の遺影を撮り、その翌日に二十六歳の若さで服毒自殺。夫宛の遺書に「ふさえを心豊かに育てたい。だから母ミチに預けてほしい」とあった。

 企画展には、自筆の詩から複写したパネル、生涯をたどる写真、同時代の書籍類などを展示している。

 文学館学芸係の神戸道子副主幹は「現代とは時代背景は異なるが、みすゞは精いっぱいの生き方をしたと思う。詩には子どもの頃に抱く感性を分かりやすく、的確に表現した点に魅力がある」と解説している。

 来館した六十代の女性は「みすゞが自殺に至る生涯も分かり、詩の独自の世界観に理解が深まった。よほどつらかったのだろう」と実感を込めていた。

 九月二十四日まで。一般四百十円、大学・高校生二百円、中学生以下など無料。火曜休館。

 

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