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【茨城】

「平和のありがたみを実感して」 旧ソ連軍に2年抑留、土浦の円城寺さん語る

戦争体験を語る円城寺さん(右)。左は野田さん=土浦市立博物館で

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 戦争を知る世代が高齢化しているため、土浦市立博物館は本年度から、市民約七十人から聞き取った戦争体験を本にまとめる作業を始めた。旧ソ連軍に約二年間も抑留された経験を持ち、聞き取り調査に協力した同市手野町の円城寺良一さん(94)は「平和のありがたみを実感してほしい」と話している。 (宮本隆康)

 円城寺さんによると、一九四三年に二十歳で陸軍に入隊し、満州で敗戦を迎えた。旧ソ連の影響下にあったモンゴルに移動。鉄条網に囲まれた収容所で、れんが造りなどの過酷な労働を強いられた。

 九月から川は凍り、冬の気温は氷点下三〇度になった。すきま風が吹く宿舎の床で、外套(がいとう)を来たまま眠った。わずかな食事と水しか与えられなかった。春になると、芽を出した雑草を摘み、ゆでて食べた。シラミがびっしり体に付いたが、飢えと寒さのあまり、かゆみは気にならなかった。

 労働のノルマを果たせない人は、見せしめに縛られて外に放置され、夜明け前に死んだ。宿舎内でも、朝起きると、仲間が栄養失調で死んでいることが度々だった。骨と皮ばかりの遺体は、埋葬できず山積みにした。

 「つらいなんてもんじゃない」と振り返る抑留生活の後、ソ連軍の審査などを経て四九年十一月に帰国した。あと数日で死亡扱いになる寸前で、自宅に戻ると驚かれた。「出征は大勢の歓声で見送られたのに、帰りは寂しく惨めだ」と思った。

 「あんな思いは自分の胸に納めておけばいい。体験した者にしか分からない」と考え、最近まで家族にも話したことはなかった。それでも、市立博物館に頼まれ、今月十日に約三十人を前に体験を語った。「若い人たちには、今の生活の幸せを自覚してほしい」と願っている。

 

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