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【茨城】

鬼怒川決壊2年「思い出があるここに…」

堤防の上に設置された石碑を見る渡辺さん(左)と栗田さん(左から2人目)

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 一昨年9月の関東・東北豪雨で、鬼怒川の堤防が決壊した常総市三坂町では、住宅が流失した8世帯のうち7世帯が同じ場所で住宅再建を進めている。住民たちは、住み慣れた地で元の生活を取り戻そうとしている。(宮本隆康)

 「戻ってきて良かった。景色は全然変わってしまったけど」。水害当時の区長で、八月末に家を建て直した渡辺操さん(72)は、真新しい住宅が点在する周囲を見回す。

 渡辺さんは鬼怒川の水位を見に行き、濁流にのみ込まれた。板にしがみついたが、一キロほど流された。必死で橋にはい上がったものの、寒さで震え、動けなくなっているところをヘリで救助された。

 自宅は流され、市内の民間住宅を二年間の期間限定で無償提供されてきたが、「先祖代々住んできた」と妻と長男夫婦、孫と六人でこの地に戻ってきた。「近所の人たちの顔を見て、声を掛け合う時が安心する」と笑顔を見せる。

 同様に自宅が流失した中沢利夫さん(67)は着の身着のまま避難し、妻、長男と三人でつくば市の県営住宅で避難生活を送ってきた。「昨日、外壁工事が始まった。来月に完成するかな」と建設中の自宅を指さす。

 公的支援金や義援金を受け取ったが、建設費には到底足らない。「六十歳を過ぎたらローンは組めない。老後の資金を使ってしまった。どうやって生活していくか…」と表情が曇る。

 それでも「子どもの時は川で水浴びして、河川敷で野球をした。ずっと住んできて、ここがいい」と戻る決意をした。親族宅に身を寄せる母親も戻りたがっているという。「庭に柿とミカンを植えたい。家庭菜園とか、少しずつ元通りにしていけばいい」とその日を楽しみにしている。

 水害で夫を亡くし、つくば市で避難生活を送る栗田千代子さん(75)も自宅を再建中だ。「本当は戻ると、(当時を)思い出すからつらい。でも、ここには思い出がありすぎる。お墓も近くにあるし、いつも仏壇に『早く戻ろうね』と話し掛けている」と明かす。

 一年ぐらいは泣いてばかりいた。今も老夫婦を見掛けると寂しい気持ちになるが、「みんなに励まされ、法事も済ませ、これからの生活を考えなきゃと思うようになった」という。

 五十歳の誕生日に夫に買ってもらったシラカバの木は、一本だけ残った。夫の干支(えと)にちなんだ羊の置物もある。引っ越したら、庭にもう一度戻そうと思っている。

 それぞれの思いを抱え、住民の帰還は進む。

◆風化させない 常総に誓いの石碑

 鬼怒川決壊から2年の10日、常総市三坂町の堤防決壊現場に石碑が設置され、関係者は水害を風化させないことを誓った。「決壊の跡」と記された石碑は幅1.8メートル、高さ1.1メートル。地元の要望で現場を見渡せる堤防の上に市が設置した。

 石碑の除幕式には、石井啓一国土交通相や神達岳志市長、住民ら約150人が参加した。神達市長は「避難生活から戻った人たちも生活再建は道半ば。寄り添って支援したい。水害対策の先進例になることが、全国からの支援の恩返しになる」と話した。

 区長の秋森二郎さん(70)は「今日を迎えられたのは全国からの温かい励ましのおかげ。住民一同、明日からリセットできるようにしたい」と語った。

 

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