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【茨城】

「殿様」借金返済で東海道奔走 江戸時代の名主 日記帳公開

展示資料の説明をする油原さん=龍ケ崎市で

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 初代歌川広重(一七九七〜一八五八年)の錦絵とともに、江戸時代に現在の龍ケ崎市豊田町(下総(しもうさ)国相馬郡豊田村)の名主を務めた山崎十左衛門の日記帳を紹介する企画展が、市歴史民俗資料館で開かれている。日記帳には、十左衛門が「殿様」の借金返済のため、吉田宿(愛知県豊橋市)まで旅をした様子が記され、見どころいっぱいだ。十月十五日まで。

 企画展のタイトルは「名主、殿様のために三河へ旅をする」。十左衛門が一七八〇年から三十八年にわたって記した日記帳十一冊など計三十二点を展示する。

 豊田村など九カ村の領地を治め、「殿様」と呼ばれた江戸幕府家臣の旗本・村上主膳が、十左衛門に名主を命じた「名主役申渡覚」なども並べられている。

 注目は、十左衛門が、主膳が抱えた借金返済を相談するため一八一六年、三河国(愛知県)村上領の名主の元を訪れた時の旅行記「他出(たしゅつ)日記」だ。

 旅には、米を担保に主膳に金を貸し付けた江戸・蔵前(東京都台東区)の商人一人と、村上領の名主一人が同行した。日本橋(東京都中央区)から、吉田宿までを克明に記している。

 また、十左衛門ら一行の行程を紹介するため、広重の「東海道五十三次」から、東海道の難所、箱根越えを描いた「箱根 湖水図」や、「嶋田 大井川駿岸」などの錦絵三十五点も展示する。

 最終的に、十左衛門らの努力もむなしく借金返済はできず、新たな資金調達先も見つからなかったようだ。十左衛門は急いだ往路とは一変、復路は箱根の温泉に入るなどのんびりと帰国したとされる。

 「他出日記」は昨年、市の指定文化財になった「山崎家文書」の一部。この文書は、名主を務めた山崎家に残る約四千点からなる。

 館の学芸員油原長武(おさむ)さんは「他出日記や、十左衛門の手紙などから、殿様の借金返済に奔走する村上領内の名主らの姿、米を主体とした当時の経済システムなどがよく分かります」と話す。入場無料。 (坂入基之)

 

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