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【茨城】

水戸徳川家の墓所 復旧 完了記念の石碑除幕

復旧事業の協力者名などが刻まれた石碑を披露する水戸徳川家15代目の斉正さん(左)=常陸太田市で

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 東日本大震災で石垣の崩落など大きな被害が出た水戸徳川家の歴代当主らが眠る常陸太田市の墓所で、復旧完了を記念した石碑の除幕式が開かれた。墓所は国指定史跡になっており、管理する水戸徳川家の十五代目に当たる徳川斉正(なりまさ)さんは式典で、後世に伝えるため「より一層の努力を重ねる」と語った。 (越田普之)

 墓所を維持管理する公益財団法人徳川ミュージアムによると、墓所は一六六一年、「水戸黄門」で知られる二代目光圀が、父で水戸藩初代の頼房を埋葬するため、常陸太田市を一望できる瑞龍山の中腹に造営した。場所は父の希望に従ったという。

 以来、十四代までの歴代当主と、その正室が葬られてきた。敷地内には一族のほか、光圀が師と仰いだ中国出身の儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)の墓もある。墓所は儒教を基本とした独自の様式を今に伝え、「生きている史跡」と評される。

 墓所の面積は東京ドーム三・三個分に当たる約十五万五千平方メートル。大名の墓所として最大規模であることに加え、無宗教で独自の葬祭様式を守ってきたことから、二〇〇七年に国指定史跡となった。

 二〇一一年三月の東日本大震災では、震度6強の激震に見舞われた。墓石の倒壊をはじめ、石垣の崩落、宝物庫の壁が剥げ落ちるなど甚大な被害が出た。

 財団は、一二年二月に復旧事業を開始。各時代の墓ごとに造りが異なっていたため、元通りに直すには大変な手間と労力がかかったという。

 崩れた石垣については、もともと使われていた石を可能な限り生かすため、精密な設計図を作った上で、パズルのように組み直した。墓所全体の復旧完了までには、延べ四万二千人の技術者が関わった。

 総事業費は、光圀が晩年を過ごした国指定史跡「西山御殿」の復旧と合わせ、約二十二億円。財団からの拠出に加え、国、県、市の補助金と、多くの団体や個人からの寄付で賄った。

 財団では、未曽有の震災からいかに復旧したか、後世へ伝えることを目的として、敷地内に「瑞龍之碑」と名付けた石碑を建立。寄付した千五百の団体、個人の名前を背面に刻んだ。

 二十九日の除幕式に先立ち、財団の理事長も務める徳川さんは「水戸徳川家ゆかりの施設の復旧はこれで終わるが、家と財団が続く限り、整備と保全を続ける」と決意を示した。

◆21、22日に特別公開 申し込みあすまで

 水戸徳川家の墓所は普段、立ち入ることはできないが、21、22の両日に特別公開される。いずれの日も午前2回、午後2回の計4回。定員は各回30人で、対象は中学生以上70歳未満。中学生は無料で、高校生以上は2500円が必要になる。

 参加希望者は、常陸太田市教育委員会文化課文化振興係宛てに、往復はがきを送って申し込む。応募期間は3日まで(当日消印有効)。記入事項は、市のホームページで案内している。応募多数の場合は抽せんとなる。問い合わせは市教委文化課=電0294(72)3201=へ。

 

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