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【茨城】

<衆院選>取材記者 座談会 中央に翻弄された候補者ら

 衆院選は小選挙区で、自民党が六選挙区を制し大勝で終わった。安倍晋三首相による突然の解散表明に始まり、希望の党の設立や、民進党の事実上の解体など混乱が続き、そんな中央政界の動きに、候補者たちも翻弄(ほんろう)されていた。慌ただしく過ぎ去った選挙戦を取材した記者が振り返った。

 記者A 慌ただしさを象徴するのが4区。希望元職の大熊利昭さんは東京で立候補予定だったが、党の調整で縁がほとんどない土地で選挙を戦うことになった。時間がないため、事務所を借りることすら難しく、ビジネスホテルを拠点に活動していた。負けはしたが、三万票近くを獲得し安倍政権の批判票の受け皿にはなったようだ。

 記者B 3区は、民進から新人の安部一真さんが出馬予定だったが、希望が新人の樋口舞さんを擁立した。地元関係者によると、民進党本部から「無所属や立憲民主党からの出馬は、駄目だ」と伝達があったという。最後は、すっきりとした表情で、出馬の断念を表明していた。

 記者C 民進県連の幹部は、早々と敗戦が決まった3、4区の希望候補者について「立候補するレベルと思えないくらい準備不足だった」と話していた。両区とも、希望サイドが送り込んできた候補者で、応援には、他区とだいぶ温度差があった印象だ。

 記者D 準備の大変さは、自民も同じ。6区で初当選を決めた国光文乃さんは医師で、「解散前日の夜は病院で当直勤務をした」と漏らしていた。自民には組織力があり、手堅く勝ったが、引退した元厚相の丹羽雄哉さんの後継選びのしこりが尾を引いていた。自民関係者も、いったん後継に決まった県議や、有力候補だった別の県議に同情していた。国光さんは「来てから、だんだん分かってきた。会合などでも、針のむしろになる場所がある」と認めている。

 記者C 民進の候補者が希望に移り、共産と共闘できなかったことも、自民の大勝につながった。1区では、希望の福島伸享さんが一月、野党共闘を呼び掛ける集会で「立憲主義を破壊する安倍政権を倒さなければいけない。新しい政治文化をつくるなら、先頭に立たせていただく」と共闘に前向きだったが、実現しなかった。希望と共産の得票を足すと、自民を上回っていることを考えると、共闘ができれば、結果は変わっていたかもしれない。

 記者D 6区も、共産が七十一歳の元市議を擁立したのは、野党共闘で候補者を降ろす可能性も考えていたため。青山大人さんの希望公認が決まると「共闘なら小選挙区で勝てたのに。彼は選択を間違えた」とぼやいていた。

 記者E 7区では常総、古河、坂東市の三つの市長選で自民系の新しい首長が誕生し、自民前職の永岡桂子さんの陣営では、「今度こそ」と小選挙区当選に力が入っていた。ふたを開けてみれば、無所属前職の中村喜四郎さんが圧勝。その中村さんを後押しする後援会「喜友会」の威力を見せつけたのが初日で、選挙事務所は三千五百人の支持者が詰め掛け、通路にまで人があふれていた。結束力の強さにあらためて驚かされた。

 記者F 4区の梶山弘志さんは、地方創生担当相として初入閣して二カ月たたないうちに解散になった。本人も街頭演説で「まだ国会答弁をしていない」と笑いを誘っていた。知事選、衆院選と勝ったとたんに、「お役御免」なんて展開はないと思うが。

 記者G 少し気になったのは、大井川和彦知事が、梶山さんの当選を決めた祝辞で「茨城から総理大臣を」と持ち上げていたことだ。知事は今後、東海第二原発の再稼働の是非などを判断することになるが、自民の言いなりばかりにならないか心配になる。

 

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