東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 茨城 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【茨城】

<ひと物語>がん患者 憩いの場に NPO県がん地域医療を考える会理事長・佐藤好威さん

写真

 がん患者らの憩いの場に−。患者と家族が集まって、悩みや不安を打ち明けるためのサロンをNPOの仲間十五人で運営している。

 水戸医療センター(茨城町)や茨城東病院(東海村)など、県内の四病院で二〇一三年にスタートし月に一度、開催している。がんの種類や治療病院にこだわらず、誰もが自由に参加できる。

 サロンに来る人は、子育て世代から高齢者まで幅広い。参加者が自分の気持ちを、納得いくまで話してもらう。他の人はしっかりと耳を傾け、話の横取りや中断、否定などをしてはいけない。

 会がスムーズに進行するよう、自身も世話役として参加。最近では、患者の就労支援に当たる職員らも参加するようになり、活動の広がりをみせている。

 がんは日本人の二人に一人がなる病気だとした上で、「がんは身近な存在で、誰がなってもおかしくない。それぞれの人生の中で、がんをどう位置付けているのか。それを聞いて学んでほしい」と話す。

 がんとの関わりは、勤務先だった京都府の製薬会社で、抗がん剤を扱ったことだ。当時、薬や治療法は専門用語で書かれているものばかりで、「患者目線にたった支援が必要だ」と思うようになった。

 退職した〇三年以降、患者や家族にも分かるような言葉で、がん治療に関する本を出版した。さらに、島根県で患者のためのサロンがあることを知り、実際にのぞいてきた。「患者ではない自分にもできる」と考え、〇七年に京都府庁内ではじめてサロンを開いた。

 府内でも反響を呼び、数年で約二十カ所に増えた。軌道に乗ってきた直後、東日本大震災が発生した。自身の故郷は福島県相馬市で、気をもんだ。少しでも近くにいようと、一二年十一月、妻の実家近くの茨城町に引っ越してきた。

 県内でも同様の活動をしようとしたが、「全てのがんが対象」「どの病院の患者もOK」といった、自身の定義づけたサロンがないことに気づいた。

 「自由に話せる憩いの場をつくりたい」と考え、奔走。県や病院などにかけ合ったところ、翌年、水戸医療センターにサロンが誕生した。

 「県内では『自分ががん患者だ』と言えない空気があるようだ。自分が悪くて、なったわけじゃないし、もっとオープンでいい」と指摘する。

 そんな雰囲気を変えるためにも、今後はサロンの数を増やしていく方針という。患者と家族を支え、地域全体でがんを考える社会をつくるために、活動を続けていく。 (山下葉月)

<さとう・よしたけ> 1943年、旧満州・大連生まれ。小学生のころに福島県相馬市に移住。東北大院理学研究科を修了後、京都府内の製薬会社に勤務。退職後はNPO「京都がん医療を考える会」を設立し、がん患者や家族向けのサロン活動の普及に努めた。来月25日には、水戸医療センターで県内のがん患者サロンの現状などについて考える交流会を開く。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報