東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 茨城 > 記事一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【茨城】

<ひと物語>市をアートでつなぐ 北茨城市の地域おこし協力隊員・都築響子さん(26)

写真

 昨年四月から北茨城市の地域おこし協力隊員として活動し、市が進める「芸術によるまちづくり」をプロデュースしている。代名詞は、自作の精巧な建築模型をかぶり物にする「頭上建築」。市を象徴する「六角堂」を頭に乗せ、ポップな華やかさで広告塔の役割も果たしている。

 東京芸術大美術学部建築科出身。しかし、最初から芸大を目指していたエリートではなかった。

 高校二年の時、大学のオープンキャンパスを回り、地元公立大の建築デザイン系の授業に興味を持った。ネックになったのは、入試のデッサン。高校に美術の授業がなく、予備校で一から学ぶ日々が始まった。

 日本最高峰を目指せば志望校にも余裕を持って合格できると考え、東京芸大を目指すことに。受かる自信はなかったが、予備校の仲間三人と努力を重ね、現役で狭き門を突破した。

 ところが建築に関する知識は持ち合わせておらず、入学後は「何それ、知らない」の連続。図書館で建築関係の雑誌を読みあさってみると、建物の構造は思った以上に自由で、人の流れを変える力も秘めていると分かった。

 一方、建築家志望の同級生と埋めようのない差も痛感した。ただ、「専門的な話を内輪で掘り進めている感じだった。伝える努力をしないと、建築が持つ良さを知ってもらえない」。自分にできることが見えてきた。誰もが興味をそそられる頭上建築は、こうした気付きから生まれた。

 明るい性格と社交性も大きい武器になった。音楽を学ぶ友人から舞台設備を作ってほしいと相談され、自分より適任と思う同級生へ仲介することもしばしば。両者の間に入ってボタンの掛け違いを調整するなど、つなぎ役の大切さも学んだ。

 北茨城市とは、卒業設計で接点ができた。市が廃校舎の活用策を探っていると知り、アートホテルに生まれ変わらせるというプランを立てた。

 イメージを膨らませようと、市のホームページを毎日チェックしていたところ、旧富士ケ丘小を芸術の拠点にする計画や、それを担う協力隊員の募集が目に留まった。「想像していたようなことが始まるんだ」と高揚感を覚え、卒業後の茨城行きを決めたという。

 協力隊員の任期は一年更新で最長三年。一年目には「桃源郷芸術祭」を開き、確かな足跡を残した。芸術祭を一過性のイベントで終わらせないため、町づくり会社かNPO法人の設立も視野に入れる。

 東京芸大の設立に関わった岡倉天心ゆかりの地で、海も山も近い北茨城を「作家にとって、理想郷のような場所だと思う」と言う。地元住民を次々に巻き込みながら、新たな仕掛けを考えている。 (越田普之)

<つづき・きょうこ> 1992年2月、愛知県安城市生まれ。魚の帽子がトレードマークの、魚類学者でタレントのさかなクンさんにちなみ、「建築ちゃん」などと呼ばれる。現在、髪をピンクに染めており「ピンクちゃん」の愛称も。今年4月に東京の家を完全に引き払った。北茨城での活動に重点を置き、茨城大のフィールドワークなどにも協力する。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報