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【茨城】

東海第二「適合」決定 「牛置いて逃げられない」

飼育している牛を見る保田さん=小美玉市で

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 日本原子力発電の東海第二原発(東海村)が新規制基準に適合していることを、原子力規制委員会が二十六日、正式に決定した。再稼働への道を着々と進む中、東京電力福島第一原発事故で被害を受けた県内の酪農家からは不安の声が上がる。「事故が起きても、牛を置いて逃げられない」と悲愴(ひそう)感すら漂う声も聞かれた。 (越田普之)

 県は乳牛の飼育頭数が全国八位で、最も酪農が盛んなのが、原発から三十キロ強に位置する小美玉市だ。市内で約二百頭の牛を飼育する美野里酪農業協同組合青年部長の保田(やすだ)知紀さん(40)は「対策を取っても事故の可能性はなくならない。心配だ」と語る。

 福島の事故から約十日後、県内の牛乳から放射性物質が検出され、生乳の廃棄を求められた。餌に放射性物質が付着したことが原因とみられた。福島第一までは百キロ以上。「放射性物質がそんなに飛ぶと知らず、まさかという感じだった」

 牛は乳を搾らなければ病気になる。一日に二回、約三千リットルを搾乳しては浄化槽に捨てた。出荷制限が解除されるまでの約三週間、保田さんを含め県内の酪農家約四百二十戸が廃棄した生乳は約八千トンにも上った。

 保田さんは「やっていることが無意味に思え、むなしかった。酪農協も暗い雰囲気だった」と振り返る。

 当時、福島県相馬市の酪農家が「原発さえなければ」と書き残して自殺した。同業者の悲しみは記憶に刻まれている。

 事故の恐怖は過去にも味わった。水戸市の飲食店に勤務していた一九九九年、東海村でJCO臨界事故が起きた。「突然、外に出ないように言われた。あの経験は忘れられない」

 一方で、実家に戻り牛を飼育する今、電気を大量に使わなければならない現実がある。夏場は、暑さに弱い牛のため扇風機を二十四時間回す。原発停止後に電気代は一・五倍になり、経営を圧迫する。「再稼働すれば電気代が安くなる」との電力会社のうたい文句は本当だろうか。疑問を抱きつつ、心が揺れる。

 首都圏にある東海第二で深刻な事故が起きれば、被害は福島事故を上回るだろう。でも「生き物がいるから、ここを離れられない」。保田さんは牛たちと運命を共にする覚悟でいる。

 小美玉市内の別の男性酪農家(41)は「福島の映像を見てショックを受けた。ここも同じようになるリスクがあると思うと、本当に原発が必要なのか疑問だ」と、不信感をにじませた。

 

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