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【茨城】

「末えい」の高校生 命の恩人役で参加 来月2日「小栗判官まつり」 

治子さんが小栗判官まつりに参加するきっかけをつくった諏訪さん=筑西市で

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 現在の筑西市を拠点にした室町時代の武将で「小栗判官(おぐりはんがん)」で知られる小栗助重(すけしげ)を偲(しの)ぶ「小栗判官まつり」が12月2日、市立新治(にいはり)小学校などで開かれる。今回、助重の子孫と伝わる愛知県半田市の高校2年生、小栗治子(はるこ)さん(16)が武者行列で、助重の命の恩人とされる照手姫(てるてひめ)役を務める。治子さんは「縁があって声をかけてもらった。地元の方に楽しんでもらえるようにしたい」と話す。 (越田普之)

 十五世紀の後半以降に発行されたとみられる「鎌倉大草紙(おおぞうし)」によると、小栗氏は一四二三年、鎌倉公方(くぼう)の足利持氏との抗争の末、居城を失った。敗走した助重は相模国(神奈川県)の盗賊が設けた宴席で謀殺されそうになるも、遊女・照手姫の機転で難を逃れ、三河国(愛知県)へ落ち延びた。

 鎌倉公方という巨大権力者と果敢に戦ったエピソードが共感を呼んだためか、冥土からの復活など創作要素が盛り込まれた人形浄瑠璃や歌舞伎などが生まれ、判官伝説として全国に広まったと考えられている。

 一方、半田市の小栗家には、先祖が亡くなった時期を確認できる記録が伝わり、その筆頭に助重と照手姫と記されている。また、家系図の源流にも助重の名が見られるという。

 自身のルーツに興味を持った治子さんは中学二年の夏、自由研究のテーマに小栗氏を選んだ。母親の元子さん(53)とともに筑西市を訪問。城跡などを回り「小栗という地名や表示がたくさんあり、親近感を感じた」と話す。

 当時、案内役を務めたのが、筑西市の観光ボランティアガイド協会会長の諏訪光一さん(64)だ。「愛知の中学生がわざわざ筑西に来るとは、普通じゃないと思った」と振り返る。

 諏訪さんは、治子さんに「判官まつりに姫役がある。大学生くらいになったらやってみるか」と声を掛け、治子さんも前向きだった。そして今夏、治子さんに連絡したという。

 治子さんは「本当にいいんですか、という感じだったけど、覚えていてくれたことがうれしかった」と話す。照手姫役は例年公募だというが、ただならぬ縁を重視したまつりの実行委員会が起用を決めた。「自由研究に行ったところからの縁だったのかな」と治子さん。筑西と半田を結んだ助重に思いをはせ、まつりを心待ちにしている。

<小栗判官まつり> 筑西市になる前の旧協和町で1989年に始まった。中止が1回あり、今年が29回目。ハイライトは、華麗な戦国絵巻を思わせる武者行列で、馬にまたがった助重が、御所車に乗った照手姫や武士など200人を引き連れて練り歩く。毎年、助重役にはタレントを迎え、今年は俳優の照英さんが担う。

 

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