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【第100回全国高校野球選手権大会・東東京】

<熱球譜>小山台ナイン 「一戦を楽しむ」生まれた一体感

2回裏二松学舎大付無死一、二塁、打者山田捕手の時マウンドへ集まる飯田主将(右端)、戸谷投手(右から4人目)ら小山台ナイン=神宮球場で

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 3年間の思いを込めて、九回2死一塁で立った最後の打席。右飛に打ち取られ、熱戦が幕を閉じた。「終わっちゃったな。やり切った」。小山台の飯田光塁(ひかる)主将(三年)は相手チームを拍手で祝福した。

 文武両道を目指す都立の進学校。定時制もあるため普段の練習は午後五時まで。グラウンドも他の班(部)と共有の日が多く、限られた時間と環境で工夫してきた。加えて選手たちが心しているのは、毎日を大切に、精いっぱい生きること。二〇〇六年、二年生レギュラーとして都大会を迎える直前に自宅マンションのエレベーターに挟まれる事故で亡くなった市川大輔(ひろすけ)さん=当時(16)=が残した「限られた一日が有意義であるように」との言葉を、福嶋正信監督(62)が今も選手に伝えている。

 飯田主将は「一戦一戦を楽しもうと皆に言ってきた。その先に甲子園はあるから」とすがすがしい笑顔で振り返る。91人の班員の一体感は「日本一のチーム」と自負する。毎日1ページの日誌を書こうと自分たちでルールを決め、チームのことで気づいたことを互いに指摘し合ってきた。福嶋監督は「都立で甲子園一勝の夢はできなかったが、全員野球を達成した。よくやった」。私立の強豪にひるまず戦ったチームをたたえた。 (神谷円香)

◆市川さんの母も応援 惜敗も「励まされた」

 三塁側の小山台の応援席は、外野までほぼ埋まり、卒業生も多数駆け付けた。エレベーター事故で亡くなった市川大輔さんの母、正子さん(66)は、応援の声を聞きながら球場に入る瞬間が好きで、この日も試合開始後、スタンドの一角にそっとたたずんだ。

 一戦一戦を大切にプレーする選手はもちろん、ひたむきに応援する生徒らの姿にも元気をもらい、支えられてきた。惜敗だったが「最後まで諦めない姿に励まされた。残念とは思わない。よくここまで来てくれた」と健闘をたたえた。

 

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