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【神奈川】

外国人と共に歩む(1)イスラム教徒 県内17万人暮らす人、支える人

モスクでムスリム仲間と食事を楽しむノフマンさん(左)=海老名市で

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 シリア難民が国際問題となる中、日本には、難民こそ少ないものの、200万人以上の外国人が暮らす。幕末に海外に門戸を開いた神奈川にも全国4位の17万人が住み、社会にさまざまな変化をもたらしている。県内に移住した外国人や彼らを支える日本人から、共生のヒントを探りたい。

 大きな鍋に入った豆スープやチキン、ご飯から湯気が立ち上る。その量ざっと二百人分以上。「おなかいっぱい食べてくださいね」。スリランカ出身のムスリム(イスラム教徒)で、来日十六年の中古車輸出会社経営シディック・ノフマンさん(48)=綾瀬市=が笑顔を見せた。二〇〇〇年に開設された海老名市上郷のモスク(イスラム教礼拝所)で、礼拝を終えたムスリムが食事をしている。

 モスクには、県央地区を中心としたインドネシア、スリランカ、パキスタンなどの出身者約五百人が訪れる。英語や日本語が“共通語”。この日は土曜日で、ムスリム以外の日本人にも無料で食事が振る舞われた。「モスクを訪ねてくれる人は大歓迎。自分たちを知ってもらいたいから」

 〇一年の米中枢同時テロの後、周囲の日本人から「どうしてイスラム教徒は悪いことばかりしているのか」と聞かれることが多くなった。イスラム教と暴力、テロが同義語ととらえられるたび、心を打ち砕かれた。「彼らと同じに見られていることが悲しい。イスラム教は平和の宗教。目の前に困った人がいたら手を差し伸べる。これがイスラム教の教え」

 東日本大震災が起きると、「逃げるのではなく、自分たちでできることをしよう」と声が上がった。出身国が〇四年のスマトラ沖地震による津波などの自然災害に見舞われた時、手を差し伸べてくれたのが日本人だったことも忘れていなかった。集まった寄付金で十日後には約三十人で被災地に赴き、温かいカレーを振る舞った。

 取り組みを知った日本人からも、食料や衣料品がモスクに届けられた。仕事は休んで約二カ月、被災地と海老名を何度も往復。宮城県気仙沼市で宿泊先を提供した旅館「椿荘花月」の村上盛文さん(42)は「異国の地で、自らの身を切る形で足を運んでくれた。イスラム教が平和な宗教だと分かった」と振り返る。

 昨年は、過激派組織「イスラム国」(IS)による犯行とされる日本人殺害事件やパリ同時多発テロが発生。「ジハード(聖戦)」が、イスラム共同体の防衛・拡大のための戦いという意味で知られるようになったが、ノフマンさんは説明する。「本来の意味は神の道のために奮闘努力すること。家族のために一生懸命働くことや、困っている人を助けることもジハードです」

 「日本は平和な国。ルールや約束を守り、ウソをつかない人が多い」という印象を抱く。モスクの近所に住む日本人にお菓子などのプレゼントを配り、交流を深めることも計画している。「今までも行ってきたが、この時期だからこそ余計にわれわれを理解してもらいたい。大切なのは人と人とのつながりです」 (寺岡秀樹)

<ムスリム(イスラム教徒)> 唯一神アッラーに帰依し、ムハンマドを最後の預言者、使徒として認め、神の啓示をまとめた聖典コーランの教えに従う。1日5回の礼拝や断食、喜捨などが義務とされる。世界に16億人おり、キリスト教に次いで多い。日本では1980年代後半のバブル経済期に来日するムスリムが増加。現在は、ムスリムとの結婚などを機に改宗した日本人約1万人を含め、11万人ほどいると推計されている。

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