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【神奈川】

横浜駅西口の屋台に「最後通告」へ 15日の現地確認後

1日時点の屋台の様子。半数が既に撤去されていた=横浜市西区で

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 横浜駅西口の幸川沿いで60年営業してきたおでん屋台が、市道の不法占有を理由に撤去を迫られている問題で、横浜市は15日に現地を確認し、残っている屋台に事実上の最後通告となる「行政代執行令書」を送付する方針を固めた。全12軒のうち、3軒の屋台は営業継続を望んでいるとされるが、3月にも代執行に踏み切る。問題がこじれた背景には、行政と屋台側の長年のなれ合いがある。 (志村彰太)

 「確かに撤去に同意する書類に署名したが、ここまで市が強硬だとは思わなかった」。二月上旬、屋台の様子を見に来た男性店主は戸惑っていた。二〇一〇年十二月、「五年後に撤去する」とする誓約書を市が用意し、全ての店主が署名していた。これまでも撤去を促されてきたが、営業を続けてこられたため、「何とかなる」と考えていた節があったという。

 店主がこう思うのは、行政の側にも原因がある。市は食品衛生法に基づく営業許可を出していたが、「あくまで移動しながら営業する台車部分に許可を出した」と強調する。しかし、屋台は東京電力から電力供給を受け、冷蔵庫など固定設備を持っていた。市は、移動しない前提の営業を何十年も前に把握しながら、許可を出し続けていた。

 市の担当者は「現地調査の際、店主はクーラーボックスを持ち込んでいた」と明かしており、調査時だけ基準に適合させる「脱法行為」を許していたことになる。

 不公平感を募らせる歴史的事実もある。一九六四年の東京五輪の前も、「景観美化」のために野毛地区の露天商が強制的に退去させられたことがある。この時は、市と県の出資する公社が大岡川沿いに二階建てビル(現在の都橋商店街)を建設して、露天商に貸し出し、代替地を確保した。

 市は「野毛の例を参考に川沿いに代替地を用意してほしいと、屋台店主から提案されたことがある」と認める。他にも市有地で営業を続ける複数案を屋台側は提示したが、いずれも認められなかった。

 こうした経緯を踏まえ、市道沿いを「屋台村」に変更して道路使用料を徴収したうえで、営業継続を認める手もあったはず。しかし、林文子市長は九日の定例会見で「今までそうした議論は出なかったし、これからも検討する考えはない」と否定。一方で、「昭和の面影が消えていくのは寂しい思いはする」と胸の内を明かした。

 市が今回だけぶれない姿勢を貫くのは、進行中の西口再開発で屋台の隣接地も開発対象になっているためだ。二〇二〇年の東京五輪に向けた「浄化作戦」の狙いも見え隠れする。「違法状態を放置するのか」との批判も強まっていた。

 誓約書で設定された一月三十一日の期限以降、六軒が既に自主撤去。十日に現地を見ると、撤去した跡には鉄パイプで強固な柵が設けられ、立ち入りできないようになっていた。市の担当者は「営業継続を希望している店主とも話し合いは続けるが、不調に終われば行政代執行に踏み切るしかない」と話している。

 

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