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【神奈川】

<安保関連法成立1年 みんしゅしゅぎって> (上)多数決って正しいの?

「国民が、政治家たちを凌駕する眼力を持たなくてはいけない」と話すかこさとしさん=藤沢市で

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 広場を巡って、野球をしたい子どもたちと、ほかの遊びをしたい子どもたちが「投票」で広場の使い方を決める。当初は人数の多い野球の子どもたちが多数派を占める。次の投票では、最初の結果に不満を抱く子どもたちがグループをまたぐ連立で多数決を手にし、今度は野球の子どもたちとけんかになる。

 多数決の結果だけで決めるのって正しいのか、みんなにとって理想的な民主主義って何だろう−。

 藤沢市在住の絵本作家、かこさとしさん(90)が一九八三(昭和五十八)年に記した絵本「こどものとうひょう おとなのせんきょ」のストーリーだ。民主主義のあり方を問う絵本の原点は戦中にまでさかのぼり、安全保障関連法に揺れる今にもつながっている。

 日中戦争から太平洋戦争へと向かう中学二年生のころ。進路を決める時、先生から「お国のためになることを考えろ」と活を入れられ、航空士官を目指した。視力が悪く断念したが、高校卒業後は「技術で社会貢献を」との思いもあり、東京帝国大(現東京大)工学部に入学。だが入学した一九四五年に広島、長崎に相次いで原爆が落とされ、十九歳で終戦を迎えた。

 「大人たちのぶざまな姿は忘れられません」。社会全体で戦争に向かう道を歩んでいたはずなのに誰も責任を取らない。それどころか「もともと戦争には反対だった」と言い出す始末。「一人一人がちゃんとした考えを持たなくてはならない」。その思いは、絵本にもにじみ出ている。

 「みんしゅしゅぎは、いい ことを みんなできめるんだよな」「ひとりでも いいかんがえなら、みんなで だいじにするのが、みんしゅしゅぎの いい ところだろ」

 子どもたちは話し合った末、最初は相手にしていなかった一人の意見を採り入れて、広場の使い方を決める「いいん」を選ぶことにした。譲り合って交代で広場を使うと、みんなが納得できることが分かった。

 発刊から三十三年後の今年、オランダ在住の野口由美子さん(38)は、七歳の息子が日本人学校の図書室から借りてきてこの絵本の存在を知った。「どうして借りたの?」と尋ねると、「何となく」。しかし、読み進めていくと、子ども以上に自身が衝撃を受けた。

 「投票を、民主主義を、勘違いしているのではないか」との問い掛け。その戸惑いを含めてブログで紹介すると、「民主主義って、弱者が押しつぶされることじゃないんですね」といった反響が広がった。

 その声は、復刊ドットコム(東京都港区)編集部にも届き、八月中旬に絵本は復刊された。担当の政田美加さんは「十八歳選挙権が導入され、若者の選挙への関心が高まってきた。参院選大勝で数の論理を危惧する声もあったので、タイムリーだと思いました」。

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「こどものとうひょうおとなのせんきょ」の一場面

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 かこさん自身も、与党が進める政治の現状に気がかりなことがある。放射性廃棄物の処理方法が決まっていないのに再稼働する原発、満足な食事が食べられない子どもに安価で食事を出す「子ども食堂」が盛況になるほどに、広がる格差…。そして、安保法制にも危うさを感じる。

 「アメリカ一国に頼るのではなく、アジア全体の連帯で安全保障を進めていく必要があるのではないでしょうか。軍事だけでなく、経済でも協力していった方がいい」

 中韓との摩擦を繰り返す与党の姿勢は、戦争への道を歩んだ日本の姿が重なる。「投票で多数をもった政党の姿勢が気がかりだ。制度が悪いのか、政党自身が悪いのか、国民の見識が抜けているのか…」

 そして続けた。「国民が、政治家たちを凌駕(りょうが)する眼力を持たなくちゃいけません」

     ◇   

 強行採決の末、安保法制が成立してから十九日で一年。復刊された一冊の絵本とともに、「みんしゅしゅぎ」のあり方を考える。 (布施谷航)

<かこ・さとし(本名・中島哲)> 1926(大正15)年、福井県武生市(現越前市)生まれ。8歳で東京・板橋区に移った。大学卒業後は昭和電工に就職し、59年に「だむのおじさんたち」でデビュー。「からすのパンやさん」「だるまちゃんとてんぐちゃん」などの代表作を著し、48歳で退職後は作家活動に専念。これまでに600冊以上を出版し、2008年に菊池寛賞を受賞した。

 

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