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【神奈川】

福島・双葉町被災者の体験卒論に 厳しい現実知って

福島県双葉町で調査するゼミ生ら(畑中さん提供)

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 東京電力福島第一原発事故で放射性物質に汚染された福島県双葉町。そこで生まれ育った専修大学四年、畑中建佑さん(22)=川崎市麻生区=が、同町出身の人たちから、受けた被害などを聞き、卒業論文にまとめた。避難者を取り巻く現実は依然厳しく、畑中さんは「双葉町民は人としての尊厳を抑圧されているが、必死に生きている。そのことを知ってほしい」と話す。 (山本哲正)

 畑中さんは事故当時、高校一年だった。「不安定で、もやもやした思いを抱え、事故から五年以上過ぎてもうまく言葉に表せず、苦痛だった」と明かす。

 そんな自分の内面を見つめたい、事故の影響を知りたい…。そうした思いから、大学では被災地などの生活再建を研究する大矢根淳教授(人間科学部、災害社会学)のゼミナールに入った。卒論制作も、同町出身の人たちから話を聞くことにした。

 知り合いやつてを頼り、昨年八〜十一月、首都圏や福島県で、二十代から七十代の男性四人、女性六人に、被災や避難生活、放射性物質汚染について思うことなどを尋ねた。

 被災経験を話す機会が「初めて」または「久しぶり」という人ばかり。インタビューは一人当たり平均約三時間。長ければ二日に分けて計五時間になったという。

 五十代の学校教員からは、「『放射能がうつる』といじめられ、泣きながら福島に帰ってきた子どもたちがいた」というエピソードを聞いた。二十代の大学生からは「出身地を偽っている」と打ち明けられた。

 事故前に入院していた家族を、たび重なる転院による状態悪化で亡くした人もいた。畑中さんは「避難生活で家計は苦しく、いわれのない偏見や差別などもあって健康を害し、精神的な負担を感じている」と記した。

 九月には、他のゼミ生に、それぞれの研究の参考になるのでは、と呼び掛け、一緒に双葉町に入った。行政上の手続きを取り、防護服を着て現地を訪れた。一行は、放射性廃棄物の入った袋が道に積まれている様子などを見た。ゼミ生の一人は「今まで何も知らなかった」と、漏らしたという。

 畑中さんは、卒論をまとめる作業を通じ、内面のもやもやした気分の正体を突き止められたという。それは、やるせなさだった。「原発事故で、着の身着のまま故郷を追われ、一部の偏見や差別に悩まされる。精神的につらくても、いや応なしに日々を暮らさなければならない」と畑中さん。「こうした現実が続いていることを知ってほしい、意識してほしい」。言葉に力がこもった。

 

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