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【神奈川】

<はぐるま稗原農園 四季折々>農作業で生き生き 障害者が都市農業の担い手へ

はぐるまの会の福田真さん(右から2人目)とレタスの苗を植える伊藤啓さん=4月、宮前区の同農園で

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 障害者が住み慣れた地域で暮らすために必要な支援を定めた障害者総合支援法の施行(2013年4月)から4年、障害者への配慮を求める障害者差別解消法の施行(16年4月)から1年が過ぎた。こうした法の理念を先取りする形で活動してきた社会福祉法人「はぐるまの会」(川崎市多摩区)が運営する農園を取材し、障害者支援や都市農業のあり方をあらためて考えてみた。 (小形佳奈)

 四月中旬、「はぐるま稗原(ひえばら)農園」(宮前区)では、ここに通う知的障害者たちが農作業に取り組んでいた。

 「穴を掘る人は?」

 職員からの呼び掛けに応じた野瀬隼(はやと)さん(37)が、小型シャベルを使って深さ七、八センチの小さな穴を掘る。レタスの苗を植える役目の伊藤啓(あきら)さん(44)に、林万裕美さん(41)が苗を手渡す。

 「畑仕事は、野瀬さんたちのために始めたようなものです」。はぐるまの会の職員福田真さん(40)は、野瀬さんに掘る穴の位置を教えながら、こう言った。

 自閉症の野瀬さんは室内での作業が苦手だった。そんな彼や、同様の傾向を持つ他の利用者のため、二〇〇〇年に市内の農地を借りて農作業が始まった。室内での作業中に職員を突き飛ばしてしまう野瀬さんが、外での作業に生き生きと取り組むようになった。

     ◇

 はぐるまの会は一九八三年、市立稲田中学校=多摩区=の特殊学級(現在の特別支援学級)の卒業生に「仕事と生活の場を」と、同中教員OBが小さな縫製工場と共同生活ホームを始めたのが原点。

 発足当初を振り返り、はぐるまの会の評議員で元教員の岩田洋子さん(69)は「行政から作業所への補助金はあったが、ホームは制度のない時代。リサイクル店からたんすや洗濯機を安く分けてもらい、教員時代の蓄えを切り崩しながらやっていた」。

 子どもたちの中には、布団を畳んでしまうにも「三つ折り」の概念が理解できない子もいた。個々の発達段階に応じてできる作業を少しずつ増やしていく。親がかりで生活してきた子どもたちの目覚ましい成長が、岩田さんたちの励みだった。

 稲田中の特殊学級でもやっていた農作業について岩田さんは「広い空間で自然を相手にすると、どんな人も気持ちが解放される。障害の軽重に関係なく、何かしら関われるものがある」と話す。農作業で収入を得ることは、会の発足当初からの目標だった。

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 現在、中重度の知的障害がある四十八人が、自宅や市内のグループホームから、はぐるまの会の農園や縫製工場に通う。障害者総合支援法上の障害福祉サービス(生活介護)を受けながら、生産活動を行っている。

 ここ数年、障害者が農業分野で働く「農福連携」が注目されている。障害者が担い手不足の農地を耕し、収穫物で収入を得ることが生きがいにもつながる、という考え方。国も支援に乗り出した。

 農園で収益を上げるのは夢物語と思われていたが「国の制度が追いついてきた」と福田さん。多くの消費者がいる街中に農地がある。そんな地にあって、都市農業、そして農福連携の可能性を模索している。

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 はぐるま稗原農園で働く知的障害者や職員らの四季折々の姿を紹介しながら、障害者支援や都市農業の今を見つめます。 (随時掲載)

 

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