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【神奈川】

フロンターレ、悲願の初タイトル 悔し涙に終止符

サッカーJ1で初優勝し、喜ぶ川崎イレブン=等々力陸上競技場で

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 その瞬間、等々力スタジアムの2階席から無数の紙テープが投げ込まれ、スタンドに青い滝が現出しました。創設21年、愛するチームを応援し続けてきたサポーターのうれし涙の色でした。

 2日、クラブ史上2位の2万5904人の観衆の前で大宮を5−0で蹴散らし、ライバル鹿島を得失点差で抜いた。最終節に初めて首位に立つというJリーグでは2度目の劇的な逆転優勝でした。

 悲願達成−。これ以外にありません。日本のサッカー界で、フロンターレほど勝利を渇望してきたチーム(クラブ)はないのですから。

 11月、3大タイトルの一つ、ルヴァンカップで4度目の準優勝。Jリーグの3度、天皇杯の1度を合わせ、8度の準優勝。数では浦和11、清水9、磐田8、広島8とありますが、それぞれに優勝経験もあるのです。日本で最も悔しさを知るチームと言って過言ではないでしょう。そして今、宿望を遂げた感慨は計り知れません。

 川崎市とプロスポーツは別離の歴史でもあります。1955年、野球の大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)が川崎球場を本拠地としますが78年横浜市に移転。同年ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)が川崎に移転し、92年に千葉へ。サッカーではヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)が93年にやってきて2001年に東京都へ移転…。

 1996年に川崎フロンターレが創設されて以来、クラブと市が密な協力関係を築き、市民も参加して交流を広げ、深めました。クラブ後援会はこの10年でほぼ倍増し3万人を超えました。その熱意が2009年の22万人の署名となり、市議会を動かし、スタジアム大改修につながったのでした。

 Jリーグは創設時、目指す理想形として、自治体とクラブ、そして市民(サポーター)の三位一体を掲げました。観戦者調査での「地域に貢献しているクラブ」で、フロンターレは10年から16年まで連続で首位です。理想の一つを具現した見事な勝利といっていいでしょう。

 「それがどうした」と叱られそうですが、筆者は多くの改革を成し遂げたフロンターレ前社長の武田信平氏と大学サッカー部で同期でした。その縁でひそかにサポーターを自任しています。

 今月10日午前11時半から市庁舎−川崎駅前で優勝パレードが行われます。半世紀前、米大リーグにニューヨークメッツというか弱いチームが誕生しました。典型的なお荷物球団は1969年、「ミラクルメッツ」と呼ばれた快進撃で優勝を果たします。優勝パレードの当日、テレビの天気予報は「ニューヨーク、晴れ、ところにより紙吹雪」と祝福した。10日の川崎の予報も「晴れ、ところにより…」。川崎のパレードは紙吹雪禁止のようですが…。

 (スポーツライター・財徳健治)

<Jリーグ>     

 ■11月18日(H)

 川  崎 ○ 1−0 ● G 大 阪

 ■  29日(A)

 川  崎 ○ 1−0 ● 浦  和

 ■12月2日(H)

 川  崎 ○ 5−0 ● 大  宮

<ルヴァンカップ決勝>   

 ■11月4日(A)

 川  崎 ● 0−2 ○ C 大 阪

 (注)Hはホーム、Aはアウェー

 

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