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【神奈川】

<かながわ麺紀行>(1)サンマーメン とろみ温か 港町の一杯

 開港の地、横浜には古くから食べられてきた麺がある。県内に視点を広げれば、町おこしのために知恵を絞ったり、工場で働く人たちのことを考えて一工夫凝らしたりした麺がある。そんな一杯の物語を紡ぐ。 

玉泉亭の厨房に立つ井田さん(左)。右はおいの貴幸さん=横浜市中区で

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◆「発祥の店」 創業100年 玉泉亭(横浜・中区)

 ああ、これだ−。記憶通りの味が口に広がり、安らぎを感じる。それでつい、次に来るとまた注文してしまう−。「特別に豪華な具は入っていない。それでも『味が変わらないのがいい』と、来るたびに召し上がる常連さんもいる」。創業者の血を引き、五十二年間、店を支えてきた井田智子さん(70)のサンマーメン評だ。

 一九一八(大正七)年の創業から、和洋中さまざまな料理を出した。戦後の一時期は、すしを握る職人もいた。七〇年代に木造二階建てから今の五階建てビルにリニューアル。店構えは中華料理店だが、メニューに親子丼やカツ丼があるのはかつての名残らしい。

 サンマーメンがメニューに加わった時期ははっきりしない。井田さんが子どもの頃には、既にあった。「あるのが当たり前すぎて、歴史は聞かなかった。今はもう、古いことを知る人がいなくて」。ちまたで「サンマーメン発祥の店」と言われても、井田さんは明言しない。

 具はモヤシとキャベツ、キクラゲなど六種類の野菜と豚ばら肉。具材を炒め、澄んだ豚骨スープ「清湯(チンタン)」と塩、砂糖で味を調えて片栗粉でとろみをつける。しょうゆを加えないから、白いあんになって丼に浮かぶ。そしてやや縮れた細麺に絡む。

塩味の白いあんが特徴の玉泉亭のサンマーメン

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 七三年から厨房(ちゅうぼう)に立つ中野二郎さん(59)は「店に入った時から、調味料の並べ方は変わらない」と言いながら、塩や砂糖を入れた鉢から、お玉でチョッ、チョッと適量取って味付け。この職人技で、世代を超えて愛される味を生みだす。

 「家族でサンマーメンを食べていた男の子がガールフレンドと二人で来て、そのうち結婚して子連れで来ることもある。店の料理だけど『古里の味』に近いかもしれないね」。井田さんは目を細める。

 その一方で、井田さんの目に映る店内の様子は、時代と共に変わりもする。いつからか、サンマーメンや他の料理を友人や家族で取り分け、少しずつ食べ比べする客が増えてきた。最近は昼間から一人でビールを飲む女性もいる。「飲茶(ヤムチャ)形式が広まったからか、食べ方が変わった。女の人は前より自由になった」

 そうして迎えた今年は、創業百年。伝統の味は、これからどう継承するのか。井田さんは、厨房にいたおいの貴幸さん(44)をちらりと見て、ささやいた。「ちゃんと話したことはないけど、いずれ彼が中野さんの後を継ぐでしょう。味と一緒に」

<玉泉亭> 横浜市中区伊勢佐木町の本店とJR横浜駅東口のポルタ店の2店で営業。サンマーメンは650円。本店には、同じ具をのせた「サンマー丼」や「サンマーワンタンメン」などのメニューもある。本店=電045(251)5630。

1922(大正11)年に玉泉亭の創業者井田小三郎さん(前列右から2人目)の還暦を祝う記念写真(玉泉亭提供)

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