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【神奈川】

<かながわ麺紀行>(3)担々やきそば タヌキ夫婦も太鼓判

「担々やきそばが注目されているのはタヌキのおかげ」と話す河本志雲さん(左)、ミツエさん夫婦=湯河原町で

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◆餃子ショップ(湯河原町)

 昔、湯河原に一匹の雄タヌキがいた。狩人の矢で傷ついたタヌキは山あいの河原で見つけた温泉で傷を癒やすことに。すると、足にやけどを負った雌タヌキもやってきた。元気になった二匹は夫婦になり、人に化けては湯河原温泉の素晴らしさを説いたそうな−。

 伝説になるほどの名湯で知られる湯河原町に二〇〇八年、名物が増えた。練りゴマと豆板醤(トウバンジャン)が原料で、ピリ辛が特徴の「湯河原担々やきそば」だ。

 きっかけは〇七年。エバラ食品工業(横浜市西区)が、当時、人気を集め始めていたB級グルメによる地域活性化に貢献しようと新商品の開発を開始。もともと担々麺用スープを販売していた同社は湯河原のタヌキ伝説に注目し、「たんたんたぬきの…」で始まる誰もが知る歌と絡め、町の関係者に連携を呼び掛けた。

 「それまでの焼きそばソースとは全く違う。これならいけると思った」。町で一番最初に担々やきそばを提供した「餃子(ぎょうざ)ショップ」の店主河本志雲(しうん)さん(82)は、試食会で斬新な味に出合った時の衝撃をこう振り返る。たれは飲食店の意見を取り入れて〇八年に完成。各飲食店は意欲的にアレンジし、麺は太麺から揚げ麺まで、温泉地をアピールしようと温泉卵をのせたり、特産のミカンを添えてさっぱり系にしたり…。

 担々やきそばは同社の想定を超えて急速に盛り上がった。「湯河原担々やきそば会」事務局の浅原晃さん(48)は「町を挙げて、観光客を呼び込むための一手を探っているところだった」と明かす。

 町を訪れる観光客は一九九〇年の八百四十六万人をピークに右肩下がりの傾向。宿泊施設も経営者の高齢化などで〇三〜〇七年に三十一軒が廃業。箱根、熱海という全国有数の温泉地に挟まれた町の関係者の危機感は増すばかりで、他にはない逸品は大きな魅力に映った。

「餃子ショップ」の担々やきそば

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 一〇年に厚木市で開かれたB級グルメの祭典「B−1グランプリ」に出展すると、初出場ながら二日で五千五百食を完売。順位が公表される十位以内には入れなかったものの全国から注目が集まり、今では担々やきそばのガイドマップを手に散策する若者の姿も見られるようになった。

 「タヌキさまさまだね」と妻のミツエさん(70)と顔を見合わせる河本さん。やきそば会は五年ほど前、伝説が伝わる地元の狸福(りふく)神社に解説板を奉納してお礼参りをした。人に化けて温泉を広めたとされるタヌキ夫婦。二匹は今、担々やきそばの伝道師となっているかもしれない。

<メモ> 湯河原担々やきそばには、温泉卵やゆで卵などがのる「温泉卵系」と、地元で採れたミカンやレモンを使ってさっぱり味に仕立てた「かんきつ系」がある。町内17店で提供し、値段は398〜980円。ガイドマップは湯河原駅の観光案内所などで配布している。

 

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