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【神奈川】

実践型訓練続け その通り動けた 西原村の奇跡 熊本震度7で最小限の犠牲者

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 二〇一六年四月に起きた熊本地震で、震度7を記録した熊本県西原村の堀田直孝村議(56)=写真=の講演会が二十七日、小田原市で開かれた。東日本大震災から間もなく七年。堀田さんは日頃の訓練の大切さなどを訴えた。(西岡聖雄)

 西原村は地震で五百十三棟が全壊、半壊以上も千三百七十棟に上った(昨年三月現在)。ある集落では九人が生き埋めになったが、住民は屋根瓦をはいで一メートル四方の穴を開け、車のジャッキも使って全員を助け出した。村中でこうした救出が繰り広げられて倒壊による圧死は五人にとどまり、「西原村の奇跡」ともいわれた。五人は全員、二階建て住宅の一階で就寝中だった。

 講演は市などが主催し、「住民共助による広域避難所の運営」がテーマ。堀田さんは「巨大地震で陸の孤島になる想定で実践型訓練を続けていて、村民はその通りに動いた。消防団は要介護者が寝る部屋も日頃から知っており、ピンポイントで救出できた」と述べた。

 堀田さんは河原小学校避難所の責任者も務めた。避難所では発生数時間後におにぎり三百個を作り、翌日にはみそ汁も調理した。停電、断水の中、住民らは発電機や投光機、プロパンガス器具、食べ物を持ち寄って協力。取材に訪れた英国の放送局はスムーズな運営ぶりを絶賛した。

 河原地区では十数年前から、同意を得た住民から職業や緊急時の村外連絡先などを聞いた世帯リストを作成。調理師らの炊き出し班、元自衛官らの配給班、看護師らの救護班、水路からトイレへ水を運ぶ班などを組織するのに役立った。

 避難所に不可欠なこととして堀田さんは(1)乳児の泣き声を気にして車中泊をする母親が出ない配慮(2)性被害などを相談できる女性役員や女性用更衣室(3)物資を積み、救援車を装って来る窃盗団対策−も挙げた。

 

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