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【神奈川】

姉妹船引き裂いた戦争 氷川丸と同型「平安丸」 横浜で企画展

「平安丸」と記された船首部分(ダイブショップ トレジャーズ提供)

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 横浜市の山下公園に係留される「氷川丸」の姉妹船「平安丸」は戦時中、米軍の空襲で西太平洋のチューク諸島(旧トラック諸島)の海に沈んだ。今は、沈船ダイビングの人気スポットになっている。戦争で命運を分けた二隻の現状を見比べる企画展「グランブルーの静寂」が、日本郵船歴史博物館(同市中区)で開かれている。 (梅野光春)

 青い海を背景に浮かび上がる「平安丸」の文字や、横倒しになった船内に差し込む光。企画展では、水中写真家が撮った平安丸と、氷川丸に残る同じ部分を収めた写真など計四十点が飾られている。

 平安丸は一九三〇年に完成。同型の姉妹船氷川丸とともに米シアトルと横浜を結ぶ貨客船として活躍した。日米関係の悪化で四一年、旧日本海軍に徴用され、潜水艦に魚雷を補給する特設潜水母艦に改装。四四年二月、海軍の拠点だったチューク諸島で撃沈された。

 氷川丸も海軍に徴用され、船体に赤十字マークを付けた特設病院船になった。傷病兵を運ぶ病院船は、国際条約で攻撃の対象外とされている。展示を担当した同館の小川友季さん(31)は「この違いが、二隻の運命を大きく分けた」と言う。

 氷川丸は機雷で損傷を受けながらも戦火をくぐりぬけ、戦後は貨客船として復活後に引退。二〇一六年には国重要文化財に指定された。

戦前、カナダ・バンクーバーのライオンズゲートブリッジをくぐる平安丸(日本郵船歴史博物館提供)

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 一方、平安丸は深さ一六メートルの海底で朽ちていく。〇七年からチュークの海に潜り、企画展に協力した写真家古見きゅうさん(39)=東京都練馬区=は「沈船は少しずつ状態が悪くなる。平安丸のような民間船も戦争で沈んだ事実を伝えたい」と撮影の動機を語る。

 展示は四月二十二日まで。入館料は大学生以上四百円、六十五歳以上と中高生は二百五十円。月曜休館(祝日なら翌日)。問い合わせは同館=電045(211)1923=へ。

<平安丸> 総トン数1万1616トン、最高速力18.38ノット、船客定員330人。氷川丸の姉妹船3隻のうちの1隻として、大阪府の大阪鉄工所(現日立造船桜島工場)で建造された。1941年8月まで、旅客輸送のほか生糸や茶などの輸出に従事した。同型のもう1隻、日枝(ひえ)丸も特設潜水母艦に改装されたが、43年11月、米潜水艦の雷撃で沈没した。

 

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