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【神奈川】

横浜の芸術拠点「バンカート」しばしお別れ 建物の老朽化で来月末に

来月末で閉鎖されるバンカートの内部。芸術に関する書籍も置いてある=横浜市中区で

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 10年以上にわたり横浜の芸術拠点として使われてきた「BankART(バンカート) Studio NYK」(横浜市中区海岸通)が来月末、建物の老朽化により閉鎖される。2020年東京五輪・パラリンピックのエンブレムを考えたデザイナー野老(ところ)朝雄さんも制作の場にしていたことがあるなど、「芸術文化都市」を掲げる市の象徴的な場所だった。 (志村彰太)

 建物は一九五二年築、鉄筋コンクリート三階建て。日本郵船が倉庫などに利用し、二〇〇〇年代初めは使われていなかった。市が〇五年、街づくりの核に芸術を位置付けたのを機に同社と賃貸契約を結び、芸術家に無償で貸すようになった。同時期に誘致した東京芸術大大学院映像研究科と並んで、現代芸術を横浜に呼び込む中心的役割を担ってきた。

 国内外の芸術家による作品展、芸術講座、芸術家同士の交流会を開いたほか、現代アートの国際展「横浜トリエンナーレ」の主会場にもなった。現在は、東京電力福島第一原発事故を巡る政治家の姿勢を風刺した作品などで知られる芸術家の開発好明(よしあき)さんが工房を構えている。

 市は昨年、日本郵船と使用継続に向け交渉したが、「建物の安全を確保できない」(同社)として再契約には至らなかった。

 バンカートは形を変えて継続する。東急東横線の廃線になった横浜−桜木町の百メートル区間を改装。四月をめどに新たな拠点として整備し「バンカートの軌跡を振り返る催しを展開する」(市の担当者)という。

 ただ、高架下を利用できるのは一年だけ。一九年度以降は別の建物を探すことになる。バンカート代表でアートディレクターの池田修さん(60)は「横浜の芸術シーンを支えた自負がある。建物も荒々しくスケールのある貴重なものだけに、閉鎖は残念」としつつ「どこに行っても活動を継続したい」と決意を新たにしていた。

 

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