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【神奈川】

家族「力出し切って」 相模原出身 斎藤仁美選手 きょう出場

練習拠点だった銀河アリーナでこれまでを振り返る(左から)美奈子さん、悠さん、駿さん、篤さん=相模原市中央区で

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 平昌(ピョンチャン)冬季五輪のスピードスケート・ショートトラック女子1000メートル予選に二十日、相模原市出身の斎藤仁美選手(27)=オーエンス=が出場する。都心近郊の住宅街から生まれたスケーター。一緒に五輪を夢見てきた家族は「力を出し切って」とエールを送る。

 いずれもショートトラックの選手の弟三人がいる斎藤選手が競技に打ち込むようになったのは、市立清新小学校四年の時だった。

 一九九八年長野五輪のスピードスケート男子500メートルで清水宏保さんが金メダルをつかみ、感動した一番上の弟悠(ゆう)さん(24)=フォーカスシステムズ=が二〇〇〇年、市営スケート場「銀河アリーナ」(中央区)を拠点にする「相模原スピードスケートクラブ」に入部。最初は引率役だった斎藤選手も「見ているだけではもったいない」と自ら滑るようになった。

 それ以降、清新中、麻溝台高、神奈川大時代を通して同アリーナで練習。休日や夏休みはきょうだい四人で急坂でのダッシュや階段の駆け上がりをし、脚力を鍛えた。父篤さん(63)手作りのボードでフォームも研究した。

 身長一五二センチと小柄な斎藤選手は大柄な選手に歩幅の差で前に出られたり、コースをふさがれたりする。その分「一瞬で追い抜く瞬発力とスケート技術を磨いてきた」と篤さんと、母美奈子さん(54)は言う。

 今回、日本代表に一緒に選ばれた弟の慧(けい)選手(22)はドーピング検査で陽性反応を示し、暫定資格停止処分を受けて帰国しただけに仁美さんへの期待は大きい。「彼女が納得する滑りで結果も伴えば」と悠さん。麻溝台高三年の三男駿(しゅん)さん(18)は「四年に一度の舞台。肌で感じながら楽しんで」と話した。(井上靖史)

 

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