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【神奈川】

「放射線は今も出続けている」 厚木で「さよなら原発パレード」

「原発なくそう」と本厚木駅前を行進する二階堂さん(手前)=厚木市で

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 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の発生から、十一日で七年を迎えた。県内では、津波などで亡くなった犠牲者の冥福を祈り、復興を願う催しや、「原発なくそう」と呼び掛けるデモ行進などがあった。

 厚木市の本厚木駅周辺では「さよなら原発パレードinあつぎ」があった。福島県浪江町から愛川町に避難中の二階堂政博さん(87)は「何もなくなったむなしさでいっぱい」という思いを抱え、約百三十人の行進に加わった。

 高級魚ヒラメの産地で知られる浪江町請戸(うけど)地区で、一人暮らしをしていた二階堂さん。海沿いの自宅は高さ十五メートル近い津波にのまれた。福島第一原発から北に約五キロ。放射線の影響を巡る情報が錯綜(さくそう)する中、四つの避難所を転々とし、一カ月後に息子のいる厚木市に近い愛川町に身を寄せた。

 故郷では、自宅から約四キロ離れた実家の畑で稲作をする悠々自適な日々だったが、一転した。避難先でやることもなく、「しばらく何も考えられなかった。時間がくれば三度の食事をするだけ。まるで家畜のようだと感じた」と振り返る。

 「七年たって、ようやく精神的に少し安定してきた」というが、故郷の友人らは既に散り散り。避難先に自宅を構えた知人もいる。避難指示は解除されたが、「帰っても何もない。帰れる状況じゃない」という。

 実感をこめて言葉を継いだ。「地震と津波だけならこれほど避難は長くならなかったと思う。目に見えず、においもしない放射線は七年たっても出続けている。原発の怖さです」 (井上靖史)

 

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