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【神奈川】

<1998 YOKOHAMA 六つの奇跡> (4)甲子園沸かせた横浜高

PL学園との準々決勝の17回表、勝ち越しの2点本塁打を放つ常盤選手=1998年8月20日、甲子園球場で

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◆声援を味方に春夏連覇達成

 「絶対勝とうぜ。打つからさ」。甲子園球場に熱い日差しが照りつける。一九九八年八月二十日、選抜の準決勝で負けた雪辱を誓うPL学園(大阪)との準々決勝は5−5で互いに譲らず、延長に入っていた。

 十一回と十六回に1点ずつ取り合い7−7で迎えた十七回表。疲れ切った表情のエース松坂大輔(37)に7番常盤良太(37)が声を掛けて打席に入る。2死一塁から初球を振り抜くと、ライナー性の打球が右中間スタンドに突き刺さった。

 「延長十八回引き分け再試合も覚悟していた。やっと終わったと思った」と捕手で主将の小山良男(37)=現中日ドラゴンズスカウト。その裏、松坂が最後の打者を三振に取り、三時間三十七分の死闘が決着した。

 翌日の準決勝、明徳義塾(高知)戦。春の覇者として臨み、絶対的な優勝候補だった横浜が瀬戸際まで追い込まれていた。PL戦で250球を投げた松坂は登板できず左翼手で出場。二年生投手が明徳打線につかまり0−6で負けていた。

 八回裏に4点取って2点差に追い上げるも残りは1イニング。「最後だけでもベストメンバーで臨んで悔いなく負けて帰ろう」と考えた渡辺元智(もとのり)監督(73)=二〇一五年に勇退=が九回表、松坂をマウンドに送る。すると、「球場が揺れ動いて、音が押し寄せて来た」。百戦錬磨の渡辺でさえ経験したことがない声援が湧き起こった。

 松坂が3人で抑えて最後の攻撃に入ると、満員のスタンド全体が横浜の逆転を期待するかのような雰囲気に包まれる。3球で無死満塁になり、2点適時打で同点。2死満塁から詰まった当たりが二塁手の頭上を超え、サヨナラの走者が生還。明徳ナインはその場に崩れ落ちた。

 「甲子園を味方につけた」横浜に、もはや敵はいなかった。京都成章との決勝。3−0で迎えた九回表、最後の打者をスライダーで空振りに仕留めガッツポーズをする松坂に選手が駆け寄った。59年ぶり2人目の決勝戦ノーヒットノーラン、史上5校目の春夏連覇だった。

 松坂は卒業後、西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)に入団して日本一になり、メジャーリーグでもワールドシリーズを優勝。二〇一五年に日本球界に復帰し、今年から中日ドラゴンズに活躍の場を移した。四月三十日には国内では12年ぶりの白星を挙げた。

 会社勤めなどの傍ら5年前から毎年、一月に松坂の自主トレーニングに付き合っている常盤はこうエールを送る。「松坂は日米で優勝を経験し、十分過ぎる実績を残してもなお現役で頑張っている。後悔のないよう野球人生を全うしてほしい」 (敬称略、鈴木弘人)

 

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