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【神奈川】

<1998 YOKOHAMA 六つの奇跡> (6)消滅前に天皇杯V 横浜フリューゲルス

最後の試合を優勝で飾り、天皇杯を手にサポーターの声援にこたえる横浜フリューゲルスの山口。スタンドからは吸収合併で消滅するチームを惜しむ横断幕が張られた=国立競技場で

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◆支えが勇気に 奇跡の9連勝

 「追いつかれて、延長戦になるのもいいのかな」。一九九九年元日、天皇杯決勝。清水を2−1でリードして迎えた後半終了間際、横浜フリューゲルスの主将山口素弘(49)の脳裏に一瞬、そんな思いがよぎった。

 大会初戦に臨む直前の九八年十二月二日、横浜マリノスへの吸収合併が正式に決まった。「負ければ消滅」という重圧にさらされながら、鹿島や磐田などの強豪を次々に撃破。東京・国立競技場に詰め掛けた大勢のサポーターに見守られる中、「なるべく長く、このユニホームでプレーしたい」と複雑な心境になった。

 試合はそのまま終了。二度目の天皇杯を手にするとともに、合併報道が出た十月下旬以降、リーグ戦含め九戦負けなしで有終の美を飾った。「もともと勝つ力があるチームだったと思うが、精神的に不安定な日々を過ごした状態を考えれば、すごいこと」

 山口がそう語るように、集中力を保つのは難しかった。選手は存続を模索し、サポーターと署名活動に取り組んだ。チームの方針も揺れ、消滅後に移籍しやすいよう、若手中心のメンバーにして他のチームにアピールする案や、天皇杯のボイコットまで検討された。

 それでも最後は、全力で戦うと腹をくくった。「天皇杯で結果を出せば助けてもらえるのではという期待と、『こんないいチームがなくなるんだよ』と訴えたかった」。決断の裏には用具係やバスの運転手ら裏方、サポーターの存在もあった。「勇気づけてくれた彼らのためにも、ベストメンバーで自分たちらしく戦うべきだと思った」

 「奇跡の九連勝」もむなしく、吸収合併は実行された。現在、名古屋グランパスの下部組織で中高生らを育成するアカデミーダイレクターを務める山口は「経営が苦しければ、たとえ戦力が落ちても規模を小さくして立て直すこともできる。いきなりチームをなくすというのはありえない」と今でも憤る。

 九九年三月、フリューゲルスのサポーターが中心になって誕生した市民クラブ「横浜FC」が日本フットボールリーグに準会員加盟。二〇〇七年シーズンにJ1昇格を果たし、J2の現在は再昇格を目指している。ホームは同じニッパツ三ツ沢球技場(横浜市神奈川区)。ただ、「今のファンの九割がFCになってから」と天皇杯決勝も見届けたサポーター佐藤裕之さん(42)が明かす。

 「消滅のようなことは二度と起きてほしくないが、フリューゲルスがあったからFCが生まれた。二十年見てきて、今はFCに愛着がある」と声援を送る。三ツ沢にともったサッカーの火は、消えない。(敬称略、福田真悟)

  =おわり

 

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