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【神奈川】

戦前の相武電気鉄道 幻の鉄路 計画ルート判明 来月2日に解説講座

社名が書かれた板を手にする佐藤さん=相模原市中央区で

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 関東大震災(一九二三年)の復興需要などを見込んで大正末期〜昭和初期に計画されながら、資金難で経営破綻した相武(そうぶ)電気鉄道の計画ルート図などが相模原市で見つかった。複数のルートがあったことは国立公文書館の資料などで分かっていたが、詳しい経路は明らかになっていなかった。六月二日に同市の上溝公民館である講座で展示される。 (井上靖史)

 見つかったのは他に、車両の設計図、社屋に掲げていた社名が書かれた板など約四十点。同社の計画ルート上に自宅がある同市中央区上溝の福祉施設代表、佐藤和夫さん(57)が五年前、蔵を整理していて発見。昨年十一月に鉄道に詳しい人に見てもらい、貴重な資料と分かった。祖父の昌寿(まさひさ)さんが、同社最後の代表を務めていた関係で蔵に残っていたと考えられる。

 二七年に鉄道省(当時)が認可した溝口(現川崎市高津区)−愛川(現愛川町)のルートは、現在の横浜市青葉区や川崎市麻生区、東京都町田市を通る計画だった。認可されなかった東京・渋谷−溝口のルートは、小田急線と東急田園都市線の中間辺りを走らせようとしていた。

 講座は、小田急多摩線の唐木田駅(東京都多摩市)から上溝地区への延伸を望む住民グループと、同公民館が共催。住民グループの田口孝平さん(66)は「実現はしなかったが、先人が取り組んだ鉄道敷設への思いなどを感じてほしい」と話した。

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 資料展示は午前十時〜午後三時。午後一時からは鉄道愛好家の豊島直樹さんが同社の計画について解説する(定員は当日先着順百人)。入場無料。問い合わせは同公民館=電042(761)2288=へ。

<相武電気鉄道> 関東大震災の復興需要に伴う相模川の砂利運搬や観光振興などをにらみ、大正末期に構想が浮上。1926(大正15、昭和元)年に株式会社として設立された。複数区間で敷設免許を申請し、3ルートで認可を受けた。一部で線路も敷かれたが、27年の昭和金融恐慌で資金繰りが悪化。免許は取り消され、38年に破産した。

 

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