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【神奈川】

オウム死刑囚 7人の刑執行 「最後まで謝罪なし」

会見で麻原死刑囚への怒りを口にする横浜法律事務所の弁護士=横浜市中区で

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 オウム真理教元代表の麻原彰晃死刑囚(63)=本名・松本智津夫=ら七人の死刑が六日、執行された。県内では、教団の活動を巡って対立していた坂本堤弁護士=当時(33)=一家殺害事件が起きるなどした。一つの節目を迎えても関係者の怒りは収まらず、オウムと対峙(たいじ)した人は今も消えない教団への不安を口にした。 (加藤益丈、鈴木弘人)

 一九八九年十一月、坂本さんと妻都子さん=同(29)、長男龍彦ちゃん=同(1つ)=が横浜市磯子区の自宅から突如いなくなった。教団の関与が疑われたが、捜査は難航。九五年三月の地下鉄サリン事件後、元幹部が殺害を供述し、三人の遺体が新潟、富山、長野各県の山中で発見された。

 坂本さんが所属していた横浜法律事務所の弁護士は会見で「(麻原死刑囚から)最後まで謝罪がなかった」と怒りの声を上げ、坂本さんと共に信者の脱会活動に取り組んだ本庄正人弁護士は「麻原死刑囚は死刑に値する」と憤りを見せた。

 坂本さんが関わっていた労働裁判の原告だった川崎市幸区の岡本明男さん(67)は「私たちのために誰に対してもはっきりと物を言ってくれる正義感の強い人だった」と人柄をしのんだ。

 一家失踪後、岡本さんはオウムの犯行と確信し、三人を捜すため全国の教団施設に足を運んだ。遺体が見つかった後はそれぞれの現場で献花し、「もっと早く見つけてあげたかった」との思いが胸に込み上げたという。

 横浜市中区若葉町のマンションには二〇〇〇年九月まで、教団の横浜支部があった。服役した元幹部が一九九九年に出所後、同支部に一時滞在。マスコミや右翼団体が集まるなどして周囲は騒然となった。

 当時、マンションの管理組合の副理事長だった志賀準さん(73)は「麻原死刑囚を神格化し、これからも組織は残っていくのではないか。オウムが関係する組織がすべてなくなり、信者が一人もいなくなるまで区切りとは言えない」と表情を引き締めた。

 

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