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【神奈川】

「ビキニ事件」の記憶後世に 「ピースデー」で初紹介 三浦で21、22日

「ビキニ事件が次世代に受け継がれれば」と話す森田さん=三浦市で

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 平和と非核がテーマの毎夏恒例のイベント「みうらピースデー」(三浦市、三浦地区労働組合協議会共催)が21、22日の午前10時から、南下浦市民センター(同市)で開かれる。今回は、核廃絶運動の機運が高まるきっかけになった「ビキニ事件」を初めて取り上げる。関係者は「三浦への影響も大きかった事件。継承していきたい」と願う。 (福田真悟)

 ビキニ事件が起きたのは一九五四年三月。南太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で米国が水爆実験を実施し、静岡県焼津市の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が死亡した。他の日本の漁船も被ばくし、水揚げされたマグロは放射能に汚染されていた。

 国は一定以上の汚染が確認されたマグロの廃棄を命じ、国内の水揚げ量の七割が集中していた三崎町(現三浦市)では、約二百トンが対象になった。実験への怒りが巻き起こる一方、マグロのイメージを損なう事件だけに、住民の多くが漁業を生業とする町では語りづらさもあった。

 当事者の証言などをまとめた冊子「ビキニ事件三浦の記録」が作られたのは、事件から半世紀近くたった九五年。「発生当時は、早く忘れたいという雰囲気が地元にあった」。市に委託され、取材と執筆に当たった元地元紙記者の森田喜一さん(83)=同市=は指摘する。

 年々知らない人が増えているといい、市は風化を食い止めようと、四年前から冊子をホームページで公開。ピースデーでは、「第五福竜丸展示館」(東京)から借りたビキニ事件に関するパネル二十枚と一緒に紹介する。

 福竜丸はもともと三崎を拠点にするカツオ船で、マグロ船に改造後、焼津に渡ったとされる。市の担当者は「地元の事件と捉え、核廃絶について考えるきっかけにしてほしい」と語る。

 入場無料。二十一日午後一時からは、国連で演説した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の和田征子さんが講演する。問い合わせは市市長室=電046(882)1111(代表)=へ。

 

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