東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 神奈川 > 記事一覧 > 8月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【神奈川】

<夏の甲子園>慶応、粘り及ばず

高知商に敗れ、スタンドあいさつを終えて引き揚げる慶応ナイン=いずれも甲子園球場で

写真

 第100回全国高校野球選手権大会8日目の十二日、慶応(北神奈川)は高知商と対戦し、6−12で敗れた。高知商の猛攻に加え、守りのミスも重なり、大量失点を喫した。九回裏には、2点を返す粘りをみせるも、及ばなかった。

 一塁側アルプス席には、慶応の在校生や保護者、OBら約三千五百人が応援に詰め掛けた。

 初回に1点を失うが、その裏、広瀬隆太選手(二年)の左前打と根岸辰昇選手(三年)の中前打で逆転する。応援席では、1回戦よりも一つ多い三張りの太鼓を、野球部員や応援指導部員、OBら十数人が交代でたたき、選手を鼓舞し続けた。ベンチメンバー外となった野球部三年の細野裕介さん(18)は「いきなりのチャンスで思いきりたたいた。バットを振るよりもきつい」と汗をぬぐった。

 二回には守備が崩れて7点を失う。慶応のスコアボードには0が並ぶ。1回戦から使用された太鼓は三回には皮が破れ、急きょ交換した。四回にさらに4点を奪われ厳しい展開に。だが五回、主将の下山悠介選手(三年)が右翼に2点本塁打を放つと、応援席も息を吹き返す。同校野球部OBの橘友貴さん(25)は「一矢報いてくれた。最後まであきらめないでほしい」とメガホンをたたいた。

 慶応は、九回裏にも2点を返す意地を見せた。根岸選手と中学時代からのチームメートという細野さんは「ずっと一緒にやってきた仲間に自分の分まで頑張ってほしいとの思いを込めて太鼓をたたき続けた」。敗戦後、ナインに向けて「目標の日本一には届かなかったが、ここまで連れてきてくれてありがとうと言いたい」と涙ながらに話した。 (山田祐一郎)

◆監督・主将談話 

<慶応・森林貴彦監督> 甲子園らしい宿題をもらいました。

<同・下山悠介主将> 良い仲間に恵まれた。もっと一緒に野球をやりたかった。

<高知商・上田修身監督> トーナメントは勢いが大事。次もこの勢いを止めないようにしたい。

<同・山中大河主将> (チームが)思った以上に打ってくれた。

1回裏慶応1死一、二塁、中前に適時打を放つ根岸選手

写真

<熱球譜>涙見せず次のステージへ 慶応3年・根岸辰昇(たつのり)選手

 「体が反応した」。1点先制された後の一回裏1死一、二塁、外角のスローカーブを中前に運び、一時勝ち越しとなる適時打を放った。

 1年前の新チーム発足時は控えの右翼手だった。昨年九月、右膝半月板の損傷が発覚した。全治2カ月。完治した後も練習の遅れを取り戻せず、春の選抜大会では、スタンドから声援を送った。

 けがをしてから上半身を鍛えた。50キロが限界だったベンチプレスは85キロを持ち上げるまでに。「詰まった当たりもヒットゾーンまで飛ぶようになった」。五月の練習試合では、20以上の打席に立ち、打率は5割を超えた。打力を認められ、外野手のレギュラーになった。「いい当たりでなくてもしぶとくくらいついた安打を放てば、相手は嫌がる」

 八回の最後の打席は二ゴロ。「打てずに悔しかった」。それでも試合後に涙はなかった。「小さいころから見ているメジャーリーグで野球をするのが最終的な夢。卒業までまだ時間があるので、地道に体を鍛えます」。次なるステージを見据えながら甲子園を去った。 (鈴木弘人)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報