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【神奈川】

被爆者3人「核廃絶を」 横須賀の女性らが壮絶体験語り継ぐ

被爆体験を語る(左から)後藤さん、村山さん、山口さん=横須賀市で

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 横須賀市内に住む原爆の被爆者3人が自らの体験を語る催しが17日、市総合福祉会館(本町)であり、「悲劇が二度と繰り返されないよう、核兵器の廃絶を」と訴えた。 (福田真悟)

 「外に出ると、幽霊みたいな人がたくさんいた」。広島市に原爆が投下された一九四五年八月六日、爆心地から五キロ離れた国民学校にいた山口千代子さん(83)。爆発後、自宅に帰る途中で目にした光景を思い出し、声を詰まらせる。寺の境内では遺体が次々と焼かれ、街中には悪臭が漂っていたという。

 五歳のころ、爆心地から四キロ離れた同市内の自宅で被ばくした後藤葉子さん(78)は、こうした惨状を見た父の涙が忘れられない。「『男は泣くものじゃない』と日頃は言っていたのに、『あれほどの地獄はない』と、おいおい泣いていた」。両親は原爆症でいずれも五十代で亡くなった。「あのころを思い出すと胸が詰まる。核兵器は開発も、増やしてもいけない」と語った。

 原爆投下から数日後、被爆地の長崎市に入った「入市被爆者」の村山恵子さん(79)は「人が真っ黒焦げ。立ったままだったり、赤子を抱いていたり…」と振り返る。

 しばらくして下痢が始まったが、病院に約三カ月通い、生き延びた。「今が一番いい」と平和の尊さを強調し、「核兵器廃絶運動への協力をお願いします」と呼び掛けた。

 催しには、市民ら約二十人が参加。主催した市民団体「被爆体験を語り継ぐ会」の沼崎真奈美代表は「被爆者の死去や高齢化で、記憶の継承が難しくなっている。話を直接、聞ける機会は貴重。今後も続け、若い世代につないでいきたい」と話した。

 

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