東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 神奈川 > 記事一覧 > 11月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【神奈川】

校名「富岡」が結んだ縁 横浜と福島の中学生が交流

富岡校の生徒(手前)と交流する富岡中の生徒(ジャージー姿)=横浜市金沢区で

写真

 東京電力福島第一原発事故による避難指示が解除され、今年春に再開した福島県富岡町の「富岡校」で学ぶ中学生6人が29日、横浜市立富岡中(金沢区)を訪れた。校名が共に「富岡」という縁で実現。教室で一緒に学び、福島の現状を紹介するなどして交流を深めた。 (松尾博史)

 原発事故で同市に避難した男子生徒がいじめを受けた問題が二〇一六年に発覚し、市教育委員会は昨年度から、福島県の被災地に教員を派遣して研修を行っている。その過程で富岡中の教員が富岡校を訪れたことなどから、両校教員が交流を企画した。

 富岡校は、原発事故によって閉鎖された小学校二校、中学校二校を集約して再開した。小学生十四人と中学生六人しかいないため、同年代と触れ合う機会をつくる狙いもあった。

 富岡校の二、三年の三人は、三年の理科の授業に参加。生徒約三十人と一緒に机を並べ、生態系と食物連鎖の仕組みを学んだ。一年の三人は美術の授業に加わり、色鉛筆で紙に色を塗る実習に取り組んだ。

 六人はその後、放送室に移り、富岡校の教員と共にカメラの前で「富岡町には六メートルを超える津波が押し寄せた。放射性物質が広がり、住民の立ち入りが禁じられた」などと当時の状況や現状を語り、全学年の教室に映し出された。

 富岡校の渡辺亜美さん(二年)は「教室に入った瞬間、笑顔で迎えてくれた。横浜の富岡はみんな明るくて、優しくて、楽しかった」とはにかんだ。富岡中の生徒会長菅原拓海さん(三年)は「温かい雰囲気で迎えることができた。富岡町を訪ねてみたい」。同役員渡辺明生(めい)さん(同)は「震災や原発事故のことをもっと知り、考えていくことが大事と感じた」と話した。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報