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【暮らし】

<わたしの転機>諦めた夢をもう一度追う 教師退職後、ウクレレ講師に

ウクレレや音楽の楽しさを伝える高田耕治さん=名古屋市中区の松坂屋名古屋店で

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 38年間、教師を務めた愛知県半田市の高田耕治さん(64)は、同市の成岩(ならわ)小学校長を最後に定年退職後、ウクレレの演奏家や講師に。教師時代、伝えてきたのは「人との出会いから、周りの人や自分の人生を豊かにすること」。その思いは変わらず、人や音楽との出会いが受講生たちの糧になるよう願いながら、自身の夢も育んでいる。

 最初に出会った弦楽器がウクレレでした。中学生のころのことです。テレビで牧伸二さんや加山雄三さんが弾くのを見て、その軽快さに魅力を感じ、まねをするようになりました。それから、アメリカンフォークブームもあって、ギターやバンジョー、フィドル(バイオリン)なども練習しました。

 その後、米開拓時代にルーツがあり、いろいろな弦楽器をグループで演奏する「ブルーグラス」にはまり、そのフィドルが中心になりました。学生時代には渡米して、本場で活動することもできました。

 音楽の道も進路として考えましたが、両親の反対もあって断念。帰国して、もう一つの夢だった教師の道を選びました。出身は岡山市ですが、愛知県で教諭として採用され、定年まで勤めました。

 教員時代は、子どもたちに夢を持ってほしいと願い、そう話してきました。その傍ら、さて自分の夢は何か。そう自問自答した末、退職後に再びウクレレを手にしました。そのうち、知人から「ウクレレを教えて」と言われるようになり、口コミで教室のことが広まりました。地元を中心に演奏活動もしていますが、最近は講師としての活動の方が多くなりました。

 ウクレレは、ギターなどに比べて音域が狭く、わずか二オクターブ少々。その中で美しい響きとなるように作曲、編曲して、癒やしの世界をつくり出します。限られた音の数で、無限の世界をつくることには、俳句にも通じる美しさや奥深さがあると思います。

 この春から松坂屋名古屋店のカトレヤ文化教室でも教室を開いています。自ら進んで学ぼう、楽しもうという受講生の人たちは皆、生き生きとしています。ウクレレを通じて、皆さんがさらに元気になるよう手伝い、それによって私もさらに人生を豊かにしたい。それが、私の夢です。

  文・写真 丸山崇志

 

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