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【暮らし】

<消えた有権者>代筆投票(上) 法改正で家族付き添えず

「だれを選ぼうかね」。選挙公報を見る佐藤奈美さん(左)と母の克江さん=名古屋市中川区で

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 高齢となるなどで一票を投じることができない「消えた有権者」は全国で二百万人以上−。四月五、六日付の連載で、その可能性を指摘した。だが、あくまで八十歳以上に限った推計。八十歳未満にも障害者にもいるだろう。読者の体験が裏付ける。 (三浦耕喜)

 名古屋市中川区でパン店を営む佐藤奈美さん(53)は悩んでいた。四月二十三日に投開票された名古屋市長選の一週間ほど前。認知症で要介護2の母、克江さん(77)を投票に連れて行くべきかどうか。ゆっくり話せば会話もできる。書くのは難しくなったが、読み聞かせれば理解できる。「でも、二度とあんな怖い思いをさせたくない」。佐藤さんは昨年七月の参院選を思い出していた。

 混む当日は避け、期日前投票に連れて行った。だが、受付でこう言った途端、選管職員に母から引き離された。「代筆ですが…」

 代筆担当という男性職員に記載台へ連れていかれる母。脇には別の男性職員が付く。不正がないかチェックする立ち会い役だ。両脇から見知らぬ男性に注視され、母はおびえている。近づくことも許されず、佐藤さんは投票所の出口から叫んだ。「候補を読み上げてください。そうすれば理解できます!」。職員の一人が佐藤さんに手をかざし、声を遮った。

 佐藤さんのいとこ、母からみるとめいが東京で地方議員をやっていた。選挙で着るスーツは洋裁が得意な母が仕立てた。めいの活躍に目を細めながら、政治の動きを注視していた。母の一票は大切にしたい。「だから、もっとやさしくやってください…」

 その時、別の職員が投票所から出てきた。佐藤さんは事情を詳しく説明した。その職員が仲立ちし、何とか投票にまでこぎ着けた。

 「あのつらさをもう一度味わわせるのか」。佐藤さんは悩む。「家族になら意思を表せる人も多いはず。どうして、こんな仕組みなのでしょう」

 以前は家族やヘルパーが付き添えた。記者がそう言うと佐藤さんは驚いた。二〇一三年五月の公職選挙法改正をめぐる衆参両院の議事録を見てもらう。この改正で「代筆などを担う者は選管職員に限る」との趣旨が定められた。

 議事録には、政治家の良心が共鳴する議論がつづられている。法案は与野党各党の共同提案だ。改正の狙いは、成年後見を受ける人の選挙権を取り戻すこと。それまでは成年後見人を立てる際、被後見人の選挙権が剥奪されていた。それは理不尽との司法判断が出て、スピード成立したのが改正公選法だった。その際、被後見人の一票が悪用されないよう、公正を保つ目的で加えられたのが「選管職員に限る」の規定だった。

 「そうでしたか。よかれと思ったのが裏目に出たと…」と佐藤さん。議事録にはこうある。「弱い立場にある人たち、この人たちの思いのこもった一票を国に届けないで何が民主主義か」(公明党・国重徹衆院議員)。その言や善し。だが、そのために消えた、あるいは消えかかっている一票もある。

 思い立った佐藤さんは母を市長選の期日前投票に連れ出した。受付に笑顔の女性がいた。男性の立ち会い役がにらみを利かせるが、女性のソフトな案内で投票できた。「でも、次の選挙では母の症状は確実に進んでいます。今の制度のままで母の意思を受け止めてもらえるでしょうか」と佐藤さん。この一票を守る意思は政治にあるだろうか。

 

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