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【暮らし】

<家族のこと話そう>母、叔母、伯父に守られ 財政社会学者・井手英策さん

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 僕が生まれる前のことです。離婚した母は二人の子どもを裕福だった元夫のもとに残さねばなりませんでした。それを悔いたのでしょう。僕の父と再婚しない生き方を選びました。小さいころは母と母の妹との三人暮らしでした。

 叔母は独身を貫いて懸命に働いて経済的に助けてくれました。母の兄も戦時中、勤労奉仕中の事故で右腕を失っていましたが、障害年金の一部で支えてくれました。

 裕福ではありませんが、貧しい記憶もありません。小学校に入るときは同級生の中で一番高価なランドセルを買ってもらいました。「かわいそうな思いをさせまい」と周りは必死だったと思います。

 小学三年生のころでしょうか、僕が塾へ通うようになると母はスナックを営み始めました。当時、女性が一人でできる仕事といえば水商売ぐらいですよ。学校から帰ると、母の店のカウンターで勉強しました。

 母に加えて障害者の伯父、独身OLの叔母に支えられ、女性従業員と客のやりとりを見て育った幼少期が原点です。ひとり親家庭に生まれても、障害があっても、貧しくても、安心して生きられる社会のあり方を提示するのが僕の使命。増税の代わりに、保育や教育、介護などの負担を減らし、すべての人が手厚い公的サービスを受けられる仕組みをつくるべきです。

 多くの人が生活不安におびえています。一部にはさらに弱い立場の人を非難して留飲を下げる人もいます。その状況を変えるには、誰もが暮らしを保障される仕組みづくりが欠かせない。

 六年前、急性硬膜下血腫で倒れました。激痛の中、「救急車を呼ぶのは申し訳ない」と二日間病院へ行かず放置したのに、ほとんど後遺症はありません。同じ病気で寝たきりや半身不随になった知人もいます。心底、運がいいと思います。そもそも母は妊娠が分かったとき、「絶対に堕胎すべきだ」と助言する親友がいて、相当悩んだらしい。生まれてきただけで幸運な命です。僕は母や叔母、伯父に大切にされ、数々の運に生かされているんです。

 母のスナックはバブル崩壊後に経営が傾きました。大学四年生の僕は大学院に進みたかったけれど、なかなか言い出せない。ある日、思い切って電話すると、「好きなごつ生きんね(好きなように生きなさい)」と背中を押してくれた。本当は早く就職してお金を入れてほしかったはず。

 これからも生きたいように生き、言いたいことを言い続けます。でないと、あのとき送り出してくれた母に申し訳が立ちません。

  聞き手・諏訪慧/写真・稲岡悟

<いで・えいさく> 1972年4月、福岡県久留米市生まれ。東京大大学院博士課程修了後、横浜国立大大学院助教授などを経て2013年から慶応大教授。著書に「18歳からの格差論」(東洋経済新報社)、「財政から読みとく日本社会」(岩波書店)などがある。

 

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